MENU

HONDA

検索
14.アムステルダムの我が家へ

 研究所と電話連絡の結果、関口監督と森、奥平、丸野の四人はチームがトラックと一緒に帰り着く前に、空路アムステルダムへ直行することになった。
 ホテル・ボルグマンに落ち着いて、性能向上対策や耐久性の改良、そのテスト計画や部品の発送日程などを研究所とやりとりするためだ。また、日本から送られて来る部品を受け取って、モナコGPで壊れたシャシーやエンジンの改修をしたり、ザントフォルトの予約を取ったりしなければならない。
 ギンサーとバックナムは、次のベルギーGPまでの間アメリカへ帰るというので、彼等のレンタカーに便乗してニースの空港へ向かった。

ニースの海岸通り
エメラルドの海がコートダジュールを証明している
 フェラ岬を過ぎて小さなトンネルを抜けると、パッと明るい海原が目の前に現れた。海岸の白い砂が海の底まで敷き詰められて光っているのか、海水が明るく浮いて見える。エメラルドグリーンの色見本のような海、正にコート・ダジュール(紺碧海岸)だ。
 ニースの街に入ると、青い空に色鮮やかなフランスの旗、ベルギー、オランダ、デンマーク、ノルウェーの旗など、ヨーロッパの国旗がはためいて観光客を手招いている。
 しかし5月が終わったばかりの肌寒いニースの海岸にはさすがに海水浴客はいない。遠目には砂浜に見えていた海岸が、近づいてみるとどうやら玉砂利の浜みたいだ。立派なホテルが立ち並ぶ海岸通りをギンサーがゆっくり車を走らせてくれている間じゅう眺めていたが、ニースの海岸はずーっと玉砂利の浜だ。
 映画や写真で見た、ニースの海岸に寝そべる美男美女たちは、柔らかい砂ではなく、硬い玉砂利の上にビーチタオルを敷いて痛いのを我慢して寝そべっていたのだ。意外に思ってガイドブックを引っ張り出して見て驚いた。美女たちばかりに目を奪われて、ビーチタオルの下を見ていなかったのだ。延々と広がる玉砂利がちゃんと写っているではないか。
「オマエの目は節穴か。何にも観ちゃいないじゃないか」
微細な故障の原因や小さな設計ミスを見逃すと、すかさずオヤジさんにやられた。
「牛の耳はどこに付いているか、描いてみろ」
生まれてこの方、50センチの間近に、または写真やテレビでじっくりと何十回も見てきたはずなのに、角と耳と目が牛の頭にどういう相対位置に付いているか、思い出せないのだ。
「描こうと思って観れば、一目で分かる。目的を持って観るのと、漫然と見るのとでは雲泥の差なのだ」オヤジさんに怒鳴られているような気がしてきた。せっかくヨーロッパに来ているんだから、何でもしっかり観ていこうと自分に言い聞かせた。

 フライトを待っているギンサーたちに別れを告げて、ニースの空港を飛び立った。眼下には、先週走ったプロヴァンスの山道が見え隠れしている。あんな山の中を一日中くねくねと走っていたのだと思うと懐かしくなってくる。しばらくすると、雲の上に白い雪山が頭を突き出しているのが見えてきた。何と言う山だろうと思っていると、どこからかモンブランと言う声が聞こえた。そうか、これがアルプス最高峰のモンブランか。名前のとおり「白い山」が青い空を背景に雄大な山容を誇っている。
アルプス最高峰のモンブラン(4,807m)  フランスとイタリアの国境にあるのだから、半分はイタリアのものなのに、イタリア名のモンテ・ビヤンコ(白い山)は、我々日本人にはあまり馴染みがない。フランスの方が宣伝がうまいということだろうか。それにしても、フランスの空から見るモンブランはフランス人が誇るだけあって立派だ。段々遠くなるモンブランの眺めを惜しんでいると、眼下に大きな湖が見えてきた。地図をたどると、レマン湖らしい。きれいに整備された観光船やレジャーボートのハーバーが見える。湖岸には緑の中に点々と白い館が、豊かで幸せな暮らしを忍ばせている。
 レマン湖畔のジュネーブも遠ざかって見えなくなった頃、スチュアーデスが昼食を配りだした。テーブルを引き出して待っていると、ファーストクラスでもないのにランチのトレーの横にナプキンでくるんだワインの小瓶が添えてある。ワインがなければ食事が出来ない人達だ。飛行機の中の食事にもワインを出せと言うのは当然かも知れない。しかし、酔っ払って絡まれては困るのだろう、わざわざ一人分の、酔わない程度に小さなワインボトルを作った凝りように感心させられた。小瓶のワインでも味は全然劣らない。機上の食事に満足して下を見下ろすと、あたりは緑の濃淡の短冊を並べたような畑が延々と続いている。しばらく眺めているうちに、緑の短冊の間に水路が光って見えるようになった。その水の面積が段々広くなってきた。どうやらオランダに帰って来たらしい。先週は4日かかった道程を2時間ぐらいで来てしまった。

 着陸したスキポール空港は拡張工事の真っ最中だった。日本では見たこともない大きなトラクターやショベルカーが砂埃を巻き上げて走り回っている。この辺はもともと砂地のうえに、運んで来る土も砂しかないらしい。
 空港の周りには新しい道路を沢山作っているが、砂で作った道路はしっかり踏み固めないとすぐ轍が出来てしまう。だから形が出来た道路には、レンガを並べ、暫くの間、車を走らせて踏み固めさせる。何回か轍を修正し地盤が落ち着いたところで、表面を平らにしてアスファルト舗装するのだと言う。
 埋め立て地には埋め立て地の苦労とノウハウがあるものだ。我々のガレージの前の道は未だにレンガを置いたままだ。

 レンタカーを借りて、通い慣れた道をアムステルダムの街に入る。ホテル・ボルグマンが近づくにつれて、何だか懐かしい気持ちが体中に沸いてくる。車を降りると、空気が吸いやすい様な感じさえして深呼吸をしてしまった。
 それ以降、ベルギーのフランコルシャン、フランスのクレルモンフェランやイギリスのシルバーストーンから疲れきって帰って来た時も同じだった。
 出迎えてくれるマダム・プローイの笑顔を見る度に、我が家に帰って来た温かさと安堵の気持ちでリフレッシュ出来たものだ。