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08.バックヤード

 アムステルダムは、日本からの便数が多いスキポール空港を擁し、ヨーロッパのほぼ中央にあって、各国のレース場へ移動するのに、地理的にも有利だ。それにF1の走行テストができるザンドフルトのサーキットにも近い。
 そのような理由からホンダのF1整備基地は、スキポール空港に近いアムステルダムの郊外にあった。自動車修理工一家の40平方メートル位のバックヤード(裏庭)にあるガレージを借りていた。

 レースは2週間に1回ヨーロッパ各国で開催される。その週末前後以外のほとんど毎日、レースの度に壊れるエンジンや車体の整備と改良に朝早くから夜遅くまで寸暇を惜しんでこのガレージで働いていた。
 昼食もレストランまで行く時間が惜しいので、私が皆の要望を聞いて街のチャイニーズレストランまで買いに出かけた。あれこれ選び集めた少しは日本食に近い中華料理を、部品箱の上に並べて皆で取り分けて食べていた。そんな散らかったガレージの中の食事風景は、はずかしくて西洋人には見られたくなかったから、戸を半分閉めていた。
 ところが、たまたま奥さんとアムステルダムに来ていた我々のF1ドライバー、ロニー・バックナムがひょっこり入ってきた。いやだなあと思っていると、それを悟った妻のナンシーがロニーを連れ出しに来てくれた。
 ハリウッド映画でしか知らなかったアメリカの女性にも、こんなに繊細な心遣いをする人がいるのだと認識を新たにし、後でナンシーにこっそりお礼を言った。

 

 ここで働いていたのは、ホンダのメンバーだけではなかった。
関口久一監督をはじめ全員が油まみれで車の整備をしている傍らで、ホンダチームにタイヤを供給していたグッドイヤーのイギリス人2人が働いていた。テストやプラクティスやレースに使う3台分とスペヤ用に、新しいタイヤのバリを取り除き、リムに組付けてバランスを調整する作業をしていた。2人と言ったがタイヤの作業をしていたのは腕の太い頑丈な男。小柄なもう1人は空き箱に腰掛けて1日中ただ見ているだけだ。
 レースの前など作業が深夜に及び、1人があの大きなタイヤと汗びっしょりで格闘している側で、もう1人は腰掛けて黙って見ているだけだ。
 ホンダだったらオヤジさんだって、ついタイヤレバーを握って手伝いそうな場面にも絶対に手は出さない。人数はたった2人でも、ワーカーとスーパーバイザーでは、任務もユニオンも異なるのだろう。これが庶民と貴族をはっきり区別し、植民地を支配してきたヨーロッパの仕事のやり方なのかと、歴史と文化の違いを思い知らされた。
 ガレージを借りていた自動車修理工氏の家並みには、通りに面してバラが2〜3本植えてある小さなフロントヤード(前庭)が付いていた。その後に二重レンガ造り(防寒対策?)の二階屋が隣の家とは車が通れるだけの間合いをおいて、横にぎっしり立ち並んでいた。それぞれの家の奥にはバックヤードがある。ちょうど空港に着陸する直前に上空から見える、ヨーロッパのごく一般的な家と庭の配置になっていた。通りから見えない程よい広さのバックヤードは、ヨーロッパの人達にとって家の中と変わらない居心地の良いプライベートな生活空間である。
 2才の子供はおもちゃの車を走らせたり、おやつを食べたり、三輪車を乗り回したり、オマルに腰掛けて用を足したりしている。
 奥さんは洗濯物を干したり、隣のおばあちゃんと垣根越しに世間話をしたり、おかずをあげて花を貰ったりしている。隣のバックヤードには自慢の花壇がある。色とりどりの花の手入れに余念がない。3時のお茶に我々が呼ばれる事もあった。そこに隣の老夫婦が加わって片言の英語と身振り手振りで世間話をする。意味が通じるだけでも嬉しかった。私も木靴を履いてみたり、少しは英語が話せる娘さんに友達の話を聞かされたりした。バックヤードで1日中動き回っているのは、その家族の一員として生活している様なものだ。そういう意味で、ここにいた2ヶ月半は旅行ではとても体験出来ない、普通のオランダ人の着飾らない生活振りをすっかりみせてもらった。