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幻のHondaインディ計画/第四章







 STPというオイル添加剤メーカーの社長であるアンディ・グラネタリ(写真中央のスーツ姿)が出資して、ヘリコプター用のターズビンエンジンを積んだインディカーを計画。左は1967年にパーネリー・ジョーンズ(コクピット内)が乗ったマシン。右が、1968年にコリン・チャップマン(左のセーター姿のヒゲの紳士)のロータスが開発したロータス56。コクピットに納まるのは、1968年インディに参戦予定だったロータスのエース、ジム・クラーク。レースを前にアクシデントで他界し、交代したマイク・スペンスもインディの予選中に命を落とし、結局、グラハム・ヒルがレースに参戦した。

 実は、グラネタリとチャップマンは、ホンダに深いゆかりがあった。グラネタリは、中村良夫第一期ホンダ監督にインディ500用のシャシー製作を打診したことがあり、コリン・チャップマンは、1964年にホンダがF1にデビューする時のシャシーになるはずだった。共に実現しなかったが、ホンダは、インディとF1の世界にそういう部分でもつながりを持っていたのだ。




(Photo by IMS)


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