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語り継ぎたいこと 〜チャレンジの50年〜

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『世界一であってこそ、日本一』。
4億5000万円の輸入工作機械購入を決断 / 1952

『世界一であってこそ、日本一』。 4億5000万円の輸入工作機械購入を決断 / 1952

二つ目は、春から始まったスクーターの開発だった。背広にネクタイの服装で乗れる2輪車として、スクーターはブームの最中にあった。先行車以上の商品力を持たせるため、Hondaならではの数々のアイデアが練られていた。
秋には、原動機付自転車の新製品開発も始まった。

このころ、原付免許制度は、2ストロークが60ccまで、4ストロークが90ccまでとなっていた。Hondaは、ドリームの経験を活かして、4ストロークの原付車を考えていた。それは当然、自転車用補助エンジンではなく、車体まで含めた一体型モデルとして登場させることも決まっていた。

後は、期待の輸入工作機械が到着するのを待つばかりだった。