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語り継ぎたいこと 〜チャレンジの50年〜

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限りない夢、あふれる情熱

本田宗一郎と藤沢武夫がクリエイティビティと成功への熱い情熱で、Honda、そして世界にとって苦境の時代を乗り越える

1948年9月24日、本田宗一郎は資本金100万円で、浜松市板屋町に本田技研工業株式会社を設立した。翌年10月には、終始、最良のパートナーとして共に経営に当たった藤澤武夫が、常務取締役として入社。
創業時に2人が目指したのは、世界一のオートバイメーカーになることだった。それは、1958年8月のスーパーカブC100の発売、1959年6月のマン島TTレース出場を経、1960年4月の鈴鹿製作所の発足によって現実のものとなった。

この『世界一』という夢をひたすら追い続けた12年間は、世の中もHondaも混沌、激動の中にあった。本田・藤澤と共に、この激動の時代を、限りない夢とあふれる情熱をもって生き切った人たちの言葉に、耳を傾けてみたい。

当時を髣髴とさせる語り口の中には、期せずして、本田・藤澤の二人から受け継いだHondaイズムが息づいている。

Limitless Dreams - An Outpouring of Passion

Hondaコレクションホールのエントランスに展示されている旧陸軍6号無線機発電用小型エンジンを改造した自転車用補助エンジンを付けた自転車(1946年10月)。このエンジンが本田技研の原点であり、夢の出発点であった。
ガラス面に刻まれた『夢』の文字は、創業者・本田宗一郎の自筆である。本田は常に大きな夢を抱き、その実現に向けて果敢なチャレンジを続けた