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『同じ苦労をするなら、先にしたほうがいい』。
初の市販製品・Honda A型。
一見、普通の2ストロークエンジンに込められた想い / 1947

『同じ苦労をするなら、先にしたほうがいい』。 初の市販製品・Honda A型。 一見、普通の2ストロークエンジンに込められた想い / 1947

エントツエンジンの開発が挫折して、急いで次の方策を考えねばならなかった。それが、Honda最初のオリジナル製品として市販される、Honda A型である。飛び過ぎたエントツエンジンのユニークさに比べ、かなりオーソドックスな2ストロークエンジンに見える。

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『HONDA』の名を冠した最初の製品、Honda A型自転車用補助エンジン。量産を目指し、エンジン部品は早くもダイキャスト化されている〔写真提供 Hondaコレクションホール〕

「吸気系が、ありきたりのピストンバルブではなく、ロータリーディスクバルブをクランクケース側面に付けた。ですからキャブレターも、シリンダーの横ではなくクランクケースに付いている。当時としては画期的です。ああいうアイデアを出すおやじさんは、やはりすごかった」(河島)。

さらに、特許を取ったクラッチ兼用の手動式ベルト変速装置など、Hondaらしさは十分にあった。しかし、A型エンジンは、Hondaの初作品という名誉以外、ことさら注目を集めていない。だが、観点を変えると、Hondaらしい非凡さをいきなり見せたのが、このA型なのである。

「この時からもう、言い出してたんです。『ウチはダイキャストでやる!』って。砂型鋳造と違って、ダイキャストは金型をつくらなければならない。お金がかかります。そのころ生産してた程度の台数じゃとても採算が取れないから、普通の人ならそんなことは考えもしない。砂型で済ませる。ところが、おやじさんは『何が何でもダイキャスト!』でしたね」。

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現在、Hondaコレクションホールに保存されている初期A型自転車用補助エンジンのアルミ燃料タンクは砂型上下2分割鋳造でつくられた。巣穴からの燃料漏れを防ぐためにウルシを下塗りしたという。"裸人が天を駆ける"Honda草創期のマークが、かすかに残っている

A型のHondaらしさは、メカニズムよりも、つくり方にあったと河島は言う。
ダイキャスト化とは、量産化を意味する。どう見ても大量生産工場からはほど遠い粗末な町工場の中で、誇大妄想と言われそうな生産手段が、冒険を承知でスタートしていた。

本田技研7年史には、
『原材料から直ちに製品への方法として、削粉を出さず、材料も少なくて済み、工程が少なく、美観のダイキャスト鋳造が社長の持論だった』
と書かれている。

「理想は大きいが、先立つお金がない。金型屋さんに相談すると、ひと型50万円も取られる。自分たちで何とかするしかないんです。まあ、あの時分にそれがやれたのは、社長の弟の弁二郎さんをはじめ、乏しい道具で工夫して、金型を手づくりしてしまうような人が社内にいたから、できたんですね。私も一生懸命手伝いました。大手の金型メーカーさんに頼んだって、名も知られていないHondaなんか、相手にしてもらえなかったんじゃないですか」
と、磯部は当時の苦労を語る。

「初期型は、一部だけダイキャスト。徐々に変えていって、後期型は大部分がダイキャストになってます。シリンダーヘッドも、シリンダーも、クランクケースも、外から見えないけど、コンロッドもロータリーバルブのシートも、ダイキャストでやったんですよ。
『同じ苦労をするんなら、先に苦労しろ』と、おやじさんは言うんです。『資源のない国の人間が削り屑を出すような仕事をするな。苦労は前工程でやれ。後工程の加工が要らなけりゃ、資源の無駄がなくなる。ここで精度が出せれば、そのための時間も人手も機械も要らないじゃないか』と。今思えば、塑性加工全盛の現代を見通していた。こんな考え方を、50年も前から、ぼくらはみっちり、たたき込まれていたわけです」(磯部)。