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F1参戦 - 第2期 - / 1983

モータースポーツの最高峰に挑んだ男たち 第2期 F1

F1参戦 - 第2期 - / 1983

日本人へのF1の浸透

日本人にも、F1レースをもっと知ってもらいたい、もっと興味を持ってもらいたいという狙いの下、1986年11月末、鈴鹿サーキットは、1987年から5年間、F1日本GPを開催すると発表した。

1987年、Hondaはナイジェル・マンセル、ネルソン・ピケを擁するウィリアムズと、アイルトン・セナを擁するロータスの2社へエンジン供給を行うこととなった。ロータスのもう1人のドライバーには、日本人初のフル参戦ドライバーとして中嶋悟が起用された。中嶋にとって、F1ドライバーを夢見て10年目のことであった。
「あれから僕の人生はちょっと変わった。人間には、できることと、できないことがあるんだね。そこへ行くまでの10年って、そんなの考えてもいなかった。だけど、セナと1年間一緒にいて、自分の能力を、身の程を知った。分かった上で、じゃあ何ができるんだという考え方になった」(中嶋)。

1987年7月、イギリスGPでは、マンセル、ピケ、セナ、中嶋が、1-2-3-4フィニッシュで歴史的勝利を飾った。その時から、16戦全戦がテレビ放映されたことも大きな力となり、F1が徐々に日本人にも認知され始めてきたのである。

1988年は、最強チームの一つであるマクラーレンと組み、ドライバーにはセナとアラン・プロストを擁し、ロータスはピケと中嶋という体制で挑んだ。マクラーレンは、16戦中15勝、10度にわたる1-2フィニッシュなど、数々の記録を塗り替えた。

「世界一になるためには世界一のドライバーと組むこと。そうして挑んできたおかげで、彼らからマシン熟成のために貴重なアドバイスをたくさん受けてきました。彼らは人間的にも非常に豊かな感性を持っており、勝てないで落ち込んでいるメカニックたちをクルーザーに招待して、楽しませてくれたりしました。心のつながりも非常に大きかったですね。そうした彼らの人間性もマスコミを通じて日本人に浸透し、F1の人気も高まってきたんでしょうね」(市田)。

セナは、1988年には鈴鹿サーキットで初のワールドチャンピオンを決め、ポールポジション最多獲得回数をはじめとする、さまざまな記録を更新。1990年、1991年と2年連続でワールドチャンピオンに輝いた。マクラーレン・Hondaで獲得した通算3度の総合優勝回数は歴代3位の記録である。また、Hondaは1964年のF1参戦開始から1992年での休止に至るまでの間に、71勝を挙げているが、そのうち32勝はセナによってもたらされたものである。

Hondaのチャレンジングスピリット

エキスパートを生み出すシステム
  1. エキスパートを生み出すシステムエキスパートを生み出すシステム
  2. 技術研究所の分離・独立 / 1960技術研究所の分離・独立 / 1960
  3. 私の記録、資格制度の導入 / 1960私の記録、資格制度の導入 / 1960
ついに果たした四輪業界への進出
  1. ついに果たした4輪業界への進出ついに果たした4輪業界への進出
  2. S360・T360発表 / 1962S360・T360発表 / 1962
  3. 4輪車の販売体制づくり / 19664輪車の販売体制づくり / 1966
  4. N360発表 / 1967N360発表 / 1967
  5. Honda1300発表 / 1968Honda1300発表 / 1968
  6. CVCCエンジン発表 / 1972CVCCエンジン発表 / 1972
  7. シビック発表 / 1972シビック発表 / 1972
  8. アコード発表 / 1976アコード発表 / 1976
世界に市場を求め、需要のある所で生産する
  1. 世界に市場を求め、需要のある所で生産する世界に市場を求め、需要のある所で生産する
  2. アメリカン・ホンダ・モーター設立 / 1959アメリカン・ホンダ・モーター設立 / 1959
  3. ベルギー・ホンダ・モーター設立 / 1963ベルギー・ホンダ・モーター設立 / 1963
  4. ホンダ・オブ・アメリカ・マニュファクチャリング設立 / 1980ホンダ・オブ・アメリカ・マニュファクチャリング設立 / 1980
展開期に向けての爽やかなバトンタッチ
  1. 展開期に向けての爽やかなバトンタッチ展開期に向けての爽やかなバトンタッチ
  2. 本田・藤澤両トップ退任、河島社長就任 / 1973本田・藤澤両トップ退任、河島社長就任 / 1973
先進性・独創性にあふれた技術・商品群
  1. 先進性・独創性にあふれた技術・商品群先進性・独創性にあふれた技術・商品群
  2. 長円形ピストン・エンジン / 1979長円形ピストン・エンジン / 1979
  3. ホンダマチック・トランスミッション / 1968ホンダマチック・トランスミッション / 1968
  4. カーナビゲーションシステム / 1981カーナビゲーションシステム / 1981
  5. エアバッグ・システム / 1987エアバッグ・システム / 1987
  6. 舵角応動型4輪操舵システム(4WS) / 1987舵角応動型4輪操舵システム(4WS) / 1987
  7. VTECエンジン / 1989VTECエンジン / 1989
  8. MEエンジン(G100・150・200・300・400)シリーズ / 1977MEエンジン(G100・150・200・300・400)シリーズ / 1977
  9. ZEエンジン(GX110・140・240・270・340)シリーズ / 1983ZEエンジン(GX110・140・240・270・340)シリーズ / 1983
  10. DREAM CB750FOUR / 1969DREAM CB750FOUR / 1969
  11. CG125 / 1975CG125 / 1975
  12. ロードパル / 1976ロードパル / 1976
  13. シティ / 1981シティ / 1981
  14. NSX / 1990NSX / 1990
  15. オデッセイ / 1994オデッセイ / 1994
  16. 電気自動車・Honda EV PLUS / 1988電気自動車・Honda EV PLUS / 1988
  17. 携帯発電機・E300 / 1965携帯発電機・E300 / 1965
  18. 歩行型芝刈機・HR21 / 1978歩行型芝刈機・HR21 / 1978
  19. ミニ耕うん機・F200『こまめ』 / 1980ミニ耕うん機・F200『こまめ』 / 1980
ものづくりの本質を追求するHondaの生産技術
  1. ものづくりの本質を追求するHondaの生産技術ものづくりの本質を追求するHondaの生産技術
  2. ホンダエンジニアリング設立 / 1974ホンダエンジニアリング設立 / 1974
  3. 世界一コンパクトな溶接ライン / 1982世界一コンパクトな溶接ライン / 1982
  4. 箱物部品のモジュールトランスファーライン / 1981箱物部品のモジュールトランスファーライン / 1981
  5. 塗装自動化ライン / 1988塗装自動化ライン / 1988
レースへのあくなき情熱
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  3. 2輪世界GP参戦 / 19792輪世界GP参戦 / 1979
  4. F1参戦 - 第1期 - / 1964F1参戦 - 第1期 - / 1964
  5. F1参戦 - 第2期 - / 1983F1参戦 - 第2期 - / 1983
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アイデアを出して大いに遊ぶ
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  2. 創立15周年を京都で祝う / 1963創立15周年を京都で祝う / 1963
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