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語り継ぎたいこと ~チャレンジの50年~

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ホンダ・オブ・アメリカ・マニュファクチャリング設立 / 1980

自動車王国アメリカに生産基地を築く

ホンダ・オブ・アメリカ・マニュファクチャリング設立 / 1980

オハイオ州での2輪車工場の建設を発表

1975年12月に発足した4輪車現地生産の検討グループの予備調査は、次の二つの要件に絞られた。

①アメリカで販売している日本製完成車の価格と比較し、コスト的に成り立つこと
②日本製完成車と同等の品質が確保できること

1976年5月、合同専務報告会にて、4輪生産の調査をアメリカのコンサルタント会社に委嘱することの承認を得て、ロケーション・スタディー(工場立地候補地の調査)の要件を提示。それは、年間10万台のシビック・アコードを生産し、鉄道またはトラックで全米に輸送するというものであった。

1976年10月、コンサルタント会社からの中間報告がなされ、経済合理性から観た具体的候補地として、オハイオ州とテネシー州内の数都市の名が挙がった。同年末には最終報告があり、主にオハイオ州・コロンバス市の周辺に多くの候補地が提案された。が、要件に見合う土地はなかなか見つからなかった。

1977年2月、これまでの調査結果を検証するため、大学の調査機関に労働力の質的調査を依頼した。その報告によれば、オハイオ州からケンタッキー州にかけての地域は定着率、勤労意欲ともに高いことが確認された。しかし、具体的な候補地としての場所を見出すことはできなかった。

工場立地候補地の要件としては、平坦な土地で、100から200エーカー(200万m2)程度の広さがあり、高速道路や鉄道へアクセスできること、良質な労働力が確保できることなどが挙げられていた。

ロケーション・スタディーと労働力の質的調査の結果から、候補地がオハイオ州に絞られたのを機に、プロジェクトメンバーも強化された。鈴木たちは新しい情報を得て、オハイオ州の中で50カ所以上の土地を視察した。が、要件を満たす場所はとうとう見つからなかった。

この事態打開のためには、それまで留保してきたオハイオ州政府との直接会談しかない、と州知事との面会を申し入れた。1977年7月のことである。
「州政府が推奨するところに良い場所がなければ、『オハイオはあきらめよう』との覚悟を決めて訪問しました」(鈴木)。

Hondaが、工場の立地候補地をオハイオに絞って考えていることを聞いた同州知事のジェームス・ローズ氏は、大いに歓迎の意を表してくれた。早速、新たな候補地が提示され、候補地を見て回る段取りが組まれた。

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記者発表に同席した関係者。左から、マッド・マツオカ、池見清志、川島、J・ローズ氏、鈴木正巳、吉澤幸一郎、吉田成美、中川和夫〔写真提供 鈴木正巳氏〕

翌日、同州経済開発局長のジム・ダーク氏の案内で、鈴木、中川和夫(当時、取締役・海外生産担当)、吉田成美(しげよし)(当時、HIT【注】社長)のプロジェクトメンバー3人は、州政府の所有機で市郊外の工業団地を視察。その後、州政府が管理するトランスポーテーション・リサーチ・センター(TRC)に立ち寄った。

同センターは、7.5マイルのオーバル・コースをはじめ、数々のテスト設備を持つ大規模な試験場で、乗用車・トラック・自動車部品メーカー、政府、研究機関に利用されている。そこでは雇用の件も話題となり、この地域では勤勉な人が多く、良質な労働力が十分得られるとTRCの人たちは話してくれた。鈴木たちは同センターで働く若い女性テストライダーたちの働きぶりと、その周辺に広がる広大な平地を目の当たりにして、直感的にこの周辺を、さらに調査してみようと考えた。

「この周辺に工場用地として適切な場所はないでしょうか」。
ダーク氏は、TRCの東側隣接地にある土地を紹介してくれた。そこは、約200エーカーほどの広さがあり、近くには幹線道路も通じていた。廃線となってはいるが、そばには鉄道線路もある。それを復旧させて、完成車や部品の輸送に活用できる見通しも立っ。自動車生産の上で好条件がそろっている場所であることが明らかになっていった。

その夜、3人は視察した幾つかの候補地を再検討し、TRC隣接地にすることで意思統一を図った。
翌日、州政府を訪ね、ローズ氏に直接、土地の取得を申し入れた。
「それなら、その土地を州が無料で提供しましょう」
と、ローズ氏は応じた。
「いや、それは困ります。適切な価格で購入したい」。
それがHondaの意思表示であった。

工場の立ち上げは小規模の投資で2輪車の生産から始め、そのノウハウを活かして4輪車の生産を始めることにした。
「私は現地を視察しませんでしたが、信頼する部下たちが、総合的に判断した結果であればそれで良いと決断しました」(河島)。

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1977年10月11日、Hondaのオハイオ州への2輪車工場建設の記者発表を行う川島喜八郎(当時、副社長)

1977年10月、Hondaはオハイオ州当局と正式に誘致協定を結び、同州での2輪車工場の建設を日米同時に発表した。総投資額は2500万ドル(当時の換算レートで約65億円)。214エーカーの土地を取得し、大型2輪車を1直体制で年産6万台生産する能力を持つ工場を建設。300から500人の従業員を雇用し、2年後の1979年に生産を開始するといった内容であった。また、同発表の場では、2輪車生産が軌道に乗り、地域社会の理解など必要な条件がそろった場合には、将来、2輪車工場の隣接地で乗用車を生産する意思があることも表明した。

【注】HIT社(ホンダ・インターナショナル・トレーディング社=Honda International Trading Corp.)1972年9月にアメリカン・ホンダの出資により設立され、輸出入業務を行っている

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