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語り継ぎたいこと ~チャレンジの50年~

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ホンダ・オブ・アメリカ・マニュファクチャリング設立 / 1980

自動車王国アメリカに生産基地を築く

ホンダ・オブ・アメリカ・マニュファクチャリング設立 / 1980

アメリカ進出前夜

当時、HondaがシビックとCVCCエンジンを、アメリカへ本格的に輸出しようという時に、アメリカの自動車業界は、第1次石油危機による大型車の販売不振の中で苦しんでいた。マスキー法に対する技術手段も定まらない状況で、まだまだ手頃な経済車も開発されず、ヨーロッパや日本からの小型車が次第に販路を広げていく中で、工場の操業度も低下、失業者も増加しつつあった。
その時期に、アメリカでシビックの拡販を図ることは、販売店を増やすことであった。その販売店にとって、輸入車(シビック)が増えるということは、将来起こり得る輸入規制などへの措置として、その対応策を持つことが必要とされる。

従って、社長の河島が目指すもの(アメリカでの乗用車生産)は、アメリカの経済・社会や自動車業界の現実と一致するものであり、勝負は、アメリカの現地生産にあることを見通すことでもあった。

1976年1月、鈴木はアメリカに出張。アメリカン・ホンダ・モーター(以降、アメリカン・ホンダ)支配人の中村碩文(ひろふみ)と意見交換を行った上で、アメリカ人幹部社員と懇談。Hondaがアメリカで4輪車の現地生産を行う点について、忌憚のない意見を求めた。
彼らは、アメリカ国産車のユーザーとして、故障に悩まされてきた経験から、Hondaの現地生産に対して賛同せず、
「むしろ、そんな難しいことを考えるよりは、(シビックの販売が好調な)今のうちに、どんどんクルマを(日本で)つくって送ってくれ」
という意見で一致していた。
ここにおいて現地生産の可能性の調査は、
①どのようなマネジメントによれば、良質なクルマをつくり出していくことができるか
②どのような場所を選択すれば、品質の優れたクルマをつくり出す環境が得られるか
という、品質一本に絞った目標を掲げて勉強することからスタートすることとなった。

1976年春、鈴木はCVCCエンジンの単体販売について、フォード社との交渉のさ中にあった。フォード社の社長、リー・アイアコッカ氏との直接会談の際、Hondaがアメリカで発売したばかりで、まだ数多く販売していないアコードについて同氏は、
「私も通勤で運転しているが、素晴らしいクルマですね。おめでとう」
と言って絶賛し、このエンジンの供給を求めている立場を表明した。交渉相手の担当者も、フォードがアコードの生産計画を立てるとすれば、ステーション・ワゴンを追加して年間60万台は見込めると太鼓判を押した。

鈴木はその席上で、アメリカでの4輪車現地生産の調査・検討をしていることを話し、フォード社の基幹工場の視察を打診。アイアコッカ氏はすぐに生産担当副社長を鈴木に紹介し、会談はその日のうちに実現した。生産担当副社長は、数多いフォード社の工場の中でも、従業員の質を中心に最も高く評価している工場を鈴木に紹介。会談の帰途、鈴木は、その工場を訪れた。その工場は、工場長と現場作業員のコミュニケーションが大変良好で、さすが、と感じつつも、ノックダウン生産工場としての限界も感じ取っていた。

アメリカ各地に展開する自動車メーカーの工場の多くは、ミシガン州・デトロイトから主要部品を鉄道輸送するノックダウン生産を行っていた。十分償却された建造物や生産設備に依存する多機種少量生産の組み合わせによる生産方式が採られていたのである。

当時、ホンダエンジニアリング(以降、EG)では、プレス工程の短縮や溶接工程を大幅に集約した溶接機、ロボットによる技術開発にも自信が生まれてきていた。つまり、速やかな金型交換(ダイ・チェンジ)を前提とするプレス工程からの一貫生産方式で、大量生産に依存しなくても、相応のコストパフォーマンスを描ける段階にあったのだ。

鈴木にとってこの工場視察は、アメリカに持ち込むべきハードウエア、すなわち、生産すべきクルマとその生産手段に関するHondaの前途を見極めるまたとない機会となった。
――Hondaは、アメリカでも十分にやっていけるのではないか――
と、鈴木は考え始めていた。
アメリカ各地を歩いて特に感じることは、ホテルやレストランなど、サービス産業にかかわる人たちの洗練されたもてなしや行き届いたサービス、明るく楽しい態度や雰囲気など、これぞアメリカという一面があることを見逃してはならなかった。
――悪いクルマが生まれるのは、決して人の問題ではない。運営の仕組みからくる働く意欲にあるのであって、自動車工場もその埒外(らちがい)ではない――
と、鈴木は考えた。

さらに、鈴木はアメリカの各地域の環境やライフスタイル、生活レベルの違いを痛感し、工場立地に当たっては、これらの要件も考慮しなければならないと感じ取った。

Hondaのチャレンジングスピリット

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