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語り継ぎたいこと 〜チャレンジの50年〜

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ホンダ・オブ・アメリカ・マニュファクチャリング設立 / 1980

自動車王国アメリカに生産基地を築く

ホンダ・オブ・アメリカ・マニュファクチャリング設立 / 1980

再開された現地調査

Hondaが1972年7月に発売した小型車・シビックは、翌年よりアメリカをはじめとする海外各地にも輸出が始まった。
シビックは、自動車メーカーとして初めてマスキー法の定める厳しい排出ガス規制値をクリアしたCVCCエンジンを搭載し、低燃費と低公害をアピール。国内では1973年から3年連続でカー・オブ・ザ・イヤーを受賞した。アメリカにおいても1974年にEPA(米国環境保護庁)燃費テストで全米第1位を獲得するなど、内外で高い評価を得た。このように、シビックは、第1次石油危機後の厳しい経済情勢においても国内販売、輸出ともに堅調な需要を呼ぶようになったのである。

これに伴って、シビックを生産する鈴鹿・埼玉の両製作所は、連日フル生産体制で対応する状況となった。この機会に一気にシビックの販売拡大を図るべく、鈴鹿製作所に乗用車第2生産ラインを増設するとの提案が取締役会の議題としてあがってきたのである。
しかし、河島は気が進まなかった。

「今は確かに(シビックの)売れ行きは好調だ。しかし、今のHondaでは、生産量の拡大に見合う国内販売力を早急に強化することは不可能であると考えねばならないし、ラインの増設に伴う負担もある。シビックでようやくHondaの4輪事業が芽を出そうとしている今、販売力、資金力、どれを取っても、先発メーカーと競って国内で勝てる自信はない。そのような無用の競争をするよりは、今の時期に最大の市場・アメリカで勝負をしたい。(日本の自動車メーカーでは)まだどこも出ていないアメリカに、2輪工場、ひいては4輪工場をつくっておきたい」。

このような河島の考えにより、鈴鹿製作所での乗用車第2生産ライン増設は見送られることになった。そして、アメリカでの現地生産に向けた検討が再開されたのである。
「前回の調査では、2輪車単独による現地生産では工場の採算は難しいとの結論が出た。しかし、アメリカではシビックの販売も軌道に乗り始めている。検討の余地はないだろうか」。

河島は、鈴木正巳(当時、常務)に、改めてフィジビリティー・スタディーの実施を命じた。
当時、鈴木は4輪車の海外生産とCVCCエンジンの単体販売という二つのテーマを担当しており、以前からCVCCの技術をライセンス供与した関係もあって、内外の自動車メーカーとの接触を続けていたのである。

「アメリカでどういうことができるのか、もう一度調べ直してみましょう」。
その鈴木の発案で、アメリカにおける4輪車現地生産の検討グループが組織されたのは、1975年11月のことであった。

Hondaのチャレンジングスピリット

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