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CG125 / 1975

ブラジルの2輪市場を切り拓く

CG125 / 1975

ベルギーからブラジルへ

1974年3月、ベルギー・ホンダ駐在から帰国して間もない深津賢輔(当時、KD技術室業務2課長)は、ブラジルの2輪車工場建設のプロジェクトを担当することとなった。

「ベルギーから送った引越し荷物がまだ日本に届いてなかったんですが、当時、室長だった鈴木宏さん(後にブラジル・Honda社長)から、『すぐにブラジルへ行け』と言われたんですよ」(深津)。

当時、外国部長だった吉澤幸一郎は言う。
「ブラジルの経済は1960年代後半から70年代を通して、ずっと高度成長が続いていて、いわゆる発展途上国の中の希望の星みたいに言われていました。それに、現地の駐在員から、2輪車の将来の成長性は非常に高いという意見が寄せられていた。だから、少々無理をしてでも、将来を考えて、中南米ではブラジルに生産拠点をつくりたいと思っていました」。

1970年代初頭、Hondaでは、海外での2輪車生産拠点を拡大すべく検討が進められていた。深津がベルギーから帰国した1974年には、ポテンシャルのある市場を見定めて、『需要のある所で生産する』というHondaのポリシーを実現するための取り組みが本格的に始まっていた。ブラジルの他にも、イタリア、イラン、ナイジェリアなど、多くのプロジェクトが発足していたのである。

ブラジルでのHondaのビジネスは1971年11月にHonda・モトール・ド・ブラジルを設立し、2輪車の輸入・販売を行っており、初代支配人として飯田治が赴任していた。
飯田はブラジル政府が外貨不足を理由に、完成車の輸入禁止を迫ってくるという懸念から、2輪車の生産工場をつくりたいと考えていた。川島喜八郎(当時、副社長)と吉澤の承認を取り付けて、サンパウロ近郊のスマレに、100万ドルで45万坪の土地を取得したのである。

1974年4月ブラジル工場建設プロジェクトが発足し、深津は事務局長として、サンパウロと東京を往復することとなった。工場の建設に当たって、吉澤は、
「ベルギーでの苦い経験から、最初は小さい工場をつくってくれるよう、深津さんたちに話しました」
と言う。

飯田と深津は、スマレの土地に工場を建設すべく政府との交渉を持ったが、部品の現地調達率(以降、現調率)や投資額など、あらゆる面で厳しい条件が課せられた。この地区は既に工業区域として機能していたため、競合相手の進出は歓迎されなかったのである。結局、スマレでの工場建設は1975年初頭に断念せざるを得なかった。

しかし、この土地には、取得から20余年後の1997年9月、2輪事業で得た利益を現地に再投資することにより、4輪車の生産工場が完成。シビックの生産が開始されたのである。

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