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語り継ぎたいこと 〜チャレンジの50年〜

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ホンダエンジニアリング設立 / 1974

生産競争力の確保に向けた生産技術・設備の開発体制づくり

ホンダエンジニアリング設立 / 1974

競争力のある製品づくりに向けて

1950年代に入ると、Hondaは既に2輪車のトップメーカーへの道を歩み始めていた。1953年5月には大和工場(現、埼玉製作所和光工場)が稼働し、同年7月には白子工場を含め、埼玉製作所として発足した。また、翌1954年には浜松の葵工場(現、浜松製作所)も操業を開始。
どちらの工機部門も、その初期は合理的な機械加工をするために、治具の製作や機械の専用化改造などを担当していたが、次第にその機能を拡充してきた。2輪車・ドリームやベンリイを中心として機種の広がりを見せた1956年ごろには、エンジンのシリンダーヘッドやクランクケースなどの箱物と呼ばれる部品を加工するために、独創的な機械を開発するまでになっていた。

Photo

操業を開始した当時の狭山製作所全景

そして、1956年6月には埼玉と浜松の共同プロジェクトチームにより、1台で多機種生産ができるような、高精度・高効率の加工機械・HUM(Honda Universal Machine)盤が企画された。HUM盤は箱物加工において、多機種生産ができないという従来の弱みを、多軸の刃具(ギャングヘッド)と治具とを一体ユニットとして一度に交換することで可能とし、精度安定性が高く、段取り換えが5分で完了できる画期的な機械であった。HUM盤は1957年に発売されたドリーム・C70と、1958年に発売されたベンリイ・C90の生産に合わせて6台が製作され、その能力を発揮した。

「当時は、Hondaのものづくりの考え方を理解してくれる一般の工作機械メーカーが少なく、価格や納期も思うようにいかないことが多かった。本田(宗一郎)社長は、『加工機械を自らつくらないと競争力のある製品づくりができない』というお考えでした」
と、田邉 博(当時、浜松製作所生産技術課付)は言う。

さらに、Hondaは生産の形態を、ドリーム・C70とベンリイ・C90の生産段取り計画から大幅に変えた。

当時の加工ラインは、工程を分割することにより各工程の作業を簡単にし、ラインのスピードを上げて量産メリットを狙うのが常識とされていた。しかし、この方法は同時に、機械の作業内容は単純になるものの、ラインは長くなり、生産台数の変動による稼働率の低下や機種変更への対応ができないといった問題もはらんでいた。
そこで、Hondaでは1工程の中に多くの加工工程を入れる『ワンチャッキング多方向同時加工』を採用。工程を集約して加工ステーションを少なくしたのである。

この機械はその後、ベンリイ・C90の生産に合わせて製作された4方向水平ターン専用機をはじめとして、スーパーカブの量産用として製作された5方向ドラムターン専用機へと発展していくのである。

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