語り継ぎたいこと 〜チャレンジの50年〜

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本田・藤澤両トップ退任、河島社長就任 / 1973

Hondaの将来を見据えた、二人そろっての爽やかな退任

本田・藤澤両トップ退任、河島社長就任 / 1973

『もう、われわれには付いていけないよ』

1971年8月、日本中がパニックとなった。それまで360円に固定されていたドルの価格が、変動相場制によって、突然、308円になったからだ。いわゆるドルショックである。

本田は当時、
「何で為替が変わるんだ。どうして1ドルが360円じゃないんだ」
と困惑していた。

「もう、われわれには付いていけないよ」
と、冗談ともつかない本音が、本田と藤澤の口を突いて出るようになっていたのだった。

この時期になると、ドルショックに代表されるような時代の変化は、さらにその厳しさを増していた。Hondaにも、多少、大企業病的な症状が表れ、企業としてのフレキシビリティーを欠く部分も出てきていた。それだけに、一つの問題が、今まで以上に大きな影響を会社全体に及ぼしかねない状況にあった。

藤澤は早くから、こうした危機感を抱いていた。しかも、いつまでも2人のトップが存在し続けるわけでもない。
藤澤は河島に、
「おれも本田さんも、いつまでもいるわけじゃない。その後、どうするつもりだよ」
と言った。河島は、
——ドブに落ちて這い上がるのが、いくらうまくてもだめで、これからは、ドブに落ちる前に避けて通る企業にならなくては——
と考えた。

「私は、それには時代の変化に即応できるフレキシブルな体質を築き上げなくてはならないと、当時、新たな施策の展開を模索していました」(河島)。

当然、問題が起こらないように未然に防ぐことが重要だったが、それは、Hondaが最も苦手とするところだった。

Hondaの企業体質を抜本的に見直し、全社的規模での改革運動を導入することが、4専務を中心とした役員室で決定されたのである。同運動の導入に当たっては、Hondaの個性を明確にし、Hondaらしい展開を目指すため、ニュー・ホンダ・プラン、NHPと命名された。

NHPは1972年4月、河島を全社の委員長として発足。次代を考えるプロジェクトとの理由から、30代から40代前半の若手12人が専任メンバーとして推進に当たった。そして、1973年4月には、顕在化した課題を整理。NHPは全社的に組織化された本格プロジェクトとしてスタートを切ったのである。

これは、河島を中心としたHondaが、確実に動き始めた第一歩であり、世代交代を促す大きな原動力となったのである。

Hondaのチャレンジングスピリット

エキスパートを生み出すシステム
  1. エキスパートを生み出すシステムエキスパートを生み出すシステム
  2. 技術研究所の分離・独立 / 1960技術研究所の分離・独立 / 1960
  3. 私の記録、資格制度の導入 / 1960私の記録、資格制度の導入 / 1960
ついに果たした四輪業界への進出
  1. ついに果たした4輪業界への進出ついに果たした4輪業界への進出
  2. S360・T360発表 / 1962S360・T360発表 / 1962
  3. 4輪車の販売体制づくり / 19664輪車の販売体制づくり / 1966
  4. N360発表 / 1967N360発表 / 1967
  5. Honda1300発表 / 1968Honda1300発表 / 1968
  6. CVCCエンジン発表 / 1972CVCCエンジン発表 / 1972
  7. シビック発表 / 1972シビック発表 / 1972
  8. アコード発表 / 1976アコード発表 / 1976
世界に市場を求め、需要のある所で生産する
  1. 世界に市場を求め、需要のある所で生産する世界に市場を求め、需要のある所で生産する
  2. アメリカン・ホンダ・モーター設立 / 1959アメリカン・ホンダ・モーター設立 / 1959
  3. ベルギー・ホンダ・モーター設立 / 1963ベルギー・ホンダ・モーター設立 / 1963
  4. ホンダ・オブ・アメリカ・マニュファクチャリング設立 / 1980ホンダ・オブ・アメリカ・マニュファクチャリング設立 / 1980
展開期に向けての爽やかなバトンタッチ
  1. 展開期に向けての爽やかなバトンタッチ展開期に向けての爽やかなバトンタッチ
  2. 本田・藤澤両トップ退任、河島社長就任 / 1973本田・藤澤両トップ退任、河島社長就任 / 1973
先進性・独創性にあふれた技術・商品群
  1. 先進性・独創性にあふれた技術・商品群先進性・独創性にあふれた技術・商品群
  2. 長円形ピストン・エンジン / 1979長円形ピストン・エンジン / 1979
  3. ホンダマチック・トランスミッション / 1968ホンダマチック・トランスミッション / 1968
  4. カーナビゲーションシステム / 1981カーナビゲーションシステム / 1981
  5. エアバッグ・システム / 1987エアバッグ・システム / 1987
  6. 舵角応動型4輪操舵システム(4WS) / 1987舵角応動型4輪操舵システム(4WS) / 1987
  7. VTECエンジン / 1989VTECエンジン / 1989
  8. MEエンジン(G100・150・200・300・400)シリーズ / 1977MEエンジン(G100・150・200・300・400)シリーズ / 1977
  9. ZEエンジン(GX110・140・240・270・340)シリーズ / 1983ZEエンジン(GX110・140・240・270・340)シリーズ / 1983
  10. DREAM CB750FOUR / 1969DREAM CB750FOUR / 1969
  11. CG125 / 1975CG125 / 1975
  12. ロードパル / 1976ロードパル / 1976
  13. シティ / 1981シティ / 1981
  14. NSX / 1990NSX / 1990
  15. オデッセイ / 1994オデッセイ / 1994
  16. 電気自動車・Honda EV PLUS / 1988電気自動車・Honda EV PLUS / 1988
  17. 携帯発電機・E300 / 1965携帯発電機・E300 / 1965
  18. 歩行型芝刈機・HR21 / 1978歩行型芝刈機・HR21 / 1978
  19. ミニ耕うん機・F200『こまめ』 / 1980ミニ耕うん機・F200『こまめ』 / 1980
ものづくりの本質を追求するHondaの生産技術
  1. ものづくりの本質を追求するHondaの生産技術ものづくりの本質を追求するHondaの生産技術
  2. ホンダエンジニアリング設立 / 1974ホンダエンジニアリング設立 / 1974
  3. 世界一コンパクトな溶接ライン / 1982世界一コンパクトな溶接ライン / 1982
  4. 箱物部品のモジュールトランスファーライン / 1981箱物部品のモジュールトランスファーライン / 1981
  5. 塗装自動化ライン / 1988塗装自動化ライン / 1988
レースへのあくなき情熱
  1. レースへのあくなき情熱レースへのあくなき情熱
  2. 鈴鹿サーキット完成 / 1962鈴鹿サーキット完成 / 1962
  3. 2輪世界GP参戦 / 19792輪世界GP参戦 / 1979
  4. F1参戦 - 第1期 - / 1964F1参戦 - 第1期 - / 1964
  5. F1参戦 - 第2期 - / 1983F1参戦 - 第2期 - / 1983
  6. インディカー・レース参戦 / 1994インディカー・レース参戦 / 1994
  7. ツインリンクもてぎ誕生 / 1997ツインリンクもてぎ誕生 / 1997
アイデアを出して大いに遊ぶ
  1. アイデアを出して大いに遊ぶアイデアを出して大いに遊ぶ
  2. 創立15周年を京都で祝う / 1963創立15周年を京都で祝う / 1963
  3. オールホンダ・アイデアコンテスト開催 / 1970オールホンダ・アイデアコンテスト開催 / 1970
自然と人々と社会との共生
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  2. 安全運転普及本部発足 / 1970安全運転普及本部発足 / 1970
  3. Honda・フランツ・システム車の開発 / 1982Honda・フランツ・システム車の開発 / 1982
  4. ホンダ太陽・希望の里ホンダ・ホンダR&D太陽設立 / 1992ホンダ太陽・希望の里ホンダ・ホンダR&D太陽設立 / 1992
  5. ふるさとの森づくりスタート / 1977ふるさとの森づくりスタート / 1977
  6. 『お礼の会』開催 / 1991『お礼の会』開催 / 1991