少しばかりアイルランドに携わる仕事をしている私としては、ジャガイモと聞くとどうしてもアイルランドの事を思わずにはいられない。
「ジャガイモ飢饉」という言葉をご存知の方も多いと思うが、1840年代に起こった疫病によるジャガイモの不作で、アイルランドはおよそ100万人の国民を餓死、130万人を海外流出という形で失った。当時イギリスの統治下にあり、作った小麦をイギリスに全部取られてしまう小作農達は、その食をジャガイモに頼るしか無く、しかも収穫量の多い品種に偏って植えていたため、一種類の疫病で国中のジャガイモが全滅してしまったのだ。
現在のアイルランド全島の人口は約560万人。一方アメリカをはじめとする国外に居住するアイルランド系の人々はおよそ7,000万人と、本国よりも遥かに多いのは、このジャガイモ飢饉の後遺症なのだ。
映画「タイタニック」で、主人公ジャックが3等客室で仲間と一緒にダンスに興じるシーンがあるが、彼らは皆歌と踊りが大好きなアイルランド系移民で、ジャガイモ飢饉の時に英国に逃れたアイリッシュの子孫達だといわれている。その他、ケネディ大統領の先祖が飢饉の時の移民だったというのも有名な話。
アイリッシュの食卓が、実際に毎日ジャガイモづくしだったのかはわからないけれど、現代に伝わるアイルランド料理の特徴を見る限り、ジャガイモが、決して「添え物」の位置づけでは無かったことがわかる。
そんなアイルランドも、飢饉の起こる前はジャガイモのおかげで人口が倍増したこともあったのだ。糖質やビタミンCを豊富に含む栄養価の高いジャガイモは、アイルランドのみならず、世界中の貧しい民の食を支えてきたに違いない。
油で揚げる、炒める、ふかす、ゆでる、煮込む、焼く、マッシュにする、それをさらに団子状にする・・・、料理法によって、食感が違ってそれぞれ美味しい。
ラム肉とジャガイモを煮込んだアイルランド版肉じゃが、「アイリッシュシチュウ」、ケール入りのポテトサラダのような「コルキャノン」、マッシュポテトにサーモンをまぜて焼く「ポテトケーキ」・・・などなど、あくまでもジャガイモを美味しく食べるために肉や魚で味をつけました、といった雰囲気の料理がたくさんある。それらはどれも決して、一口食べた途端に飛び上がるほど美味しい、という料理ではない。けれどなんとなく優しく、ほっとする味で、毎日食べても飽きることがない。
思うに美味しさというものには、「一口食べてすぐにわかる美味しさ」と、「すぐにはわからないけれど、ジワジワと虜になる美味しさ」の二つがあるらしい。この、ジワジワわかる美味しさ、というのは恐ろしいもので、知らない間にその味無しでは、なんとなく悲しく不幸せな気持ちになってしまうくらい、その人にとって欠かせないものになっている。米やイモといったでんぷん質の主食的な食材というのは大抵そうだが、アイルランドのジャガイモ料理はそういう類いの美味しさで、だからこそ他の食料が豊富になった現代でも、アイリッシュはジャガイモを食べ続けるのだろう。
今日もジャガイモの皮をむきながら、ついつい映画「ロード・オブ・ザ・リング」に登場する忠実なサムの、泥にまみれた顔を思い出した。彼の実直で生真面目そうで力強い顔つきは、ちょっとジャガイモに似ている(失礼)。ケルトの世界観を色濃く取り入れたこの物語で、サムを熱演したのはショーン・アスティン。ミドルネームはパトリック。母方にアイリッシュの血を引くアメリカ人俳優だ。