「より少ない燃料で、より多くの仕事」を可能にする
複リンク式高膨張比エンジン「EXlink」

それは一人の技術者のひらめきから

より少ない燃料で、より多くの仕事を

燃費向上、それはあらゆるエンジンにおける永遠の課題です。そしてそれは21世紀のエンジン開発にとって、省資源のみならずCO2排出削減という地球環境保全の視点からも、避けることのできないテーマのひとつとなりました。高負荷で運転されるエンジンの燃費を、どうすれば飛躍的に向上できるのか・・・。


その答えを導き出すきっかけは、一人の技術者のひらめきでした。2001年、夏、ロンドンでの仕事の合間にふと立ち寄った博物館。その視線の先には、一台の航空機用星型エンジンがありました。クランクシャフト、コンロッド、そしてピストン、それぞれ部品の一連の動きを思い描く中で、メインコンロッドとサブコンロッドの構造と動きの違いに目を奪われた彼は、思わずその場に立ち尽くしました。

現代のエンジンでは使われなくなったサブコンロッドを用いた、全く新しいメカニズムが直感的に頭の中を駆け巡ったのです。 メインコンロッドとクランクシャフトをサブコンロッドで繋ぐ。それをリンクで動かせば、ピストンの動きを思い通りに操れるのではないか・・・。
これが、不思議な形の複リンク式高膨張比エンジンの原点でした。
高膨張比エンジン。それは19世紀末の英国人エンジニア、ジェームズ・アトキンソンが発明し、正味熱効率18%という当時としては画期的な高効率を誇るエンジンでした。しかもそれは、ドイツ人オットーが現代のエンジンの原型となるオットー機関を完成させてからわずか十余年後のことだったのです。

圧縮比よりも膨張比を大きくすれば、少ない燃料から、より多くの仕事が取り出せる。エンジンの理論としてそれは正しい。しかし、どういう仕組みでエンジンの形にするのか。130年前のアトキンソン第2号機関は、効率の高さで一時は他を圧倒したものの、構造が複雑で小型化や高回転化が困難だったことなどから、その後のエンジン開発の主流からは姿を消していました。 サブコンロッドを使ったリンクを使えば、アトキンソンの機構よりもシンプルに、現代にも通用する高膨張比エンジンが作れるのではないか・・・。

理想的なリンク機構へのチャレンジ

2001年、高膨張比エンジンに秘められた可能性を求め、研究プロジェクトがスタートしました。しかし手本となるようなエンジンはひとつとして存在しない、あるのは星型エンジンから着想した時のメモ書きだけ。まさに一からの手探りで研究が始まりました。

目指したのはシンプルなメカニズム。従来型エンジンのコンロッドとクランクピンの間に、新部品のトリゴナルリンクを配置、スイングロッドを介してその姿勢をエンジン回転数の1/2で動かせば、一回転ごとにピストンのストロークが変化する。この複リンク機構によって、圧縮行程よりも膨張行程のストロークが長い、高膨張比エンジンを実現できることがわかりました。 しかし本当にエンジンは回るのか。試作機Ⅰの試運転が行われたのは同年12月のことでした。周囲の冷ややかな視線が注がれる中、それは意外なほど簡単に、軽快な音をたてて回り始めました。しかしそれはまだ、その後に長く続く、生みの苦しみの始まりに過ぎなかったのです。

基本構造の正しさは証明できたものの、市販エンジンを無理して改造した試作機Ⅰは強度不足で早々に壊れ、新たに専用設計した試作機Ⅱでも今度は想定以上の振動や騒音で連続した性能試験もままならない。改めて根本からリンク機構の諸元設計をスタディしよう、と製作した試作機Ⅲでわずかな光明を見出した頃には、既に研究開始から1年以上が経過していました。

その後、社内事情による一年近くにわたる研究中断の後、これまでの知見をふまえて理想の複リンク機構を実現しようとの強い思いで作った試作機Ⅳでは、想定以上のフリクションに苦しむこととなりました。

実は、研究初期の試作機Ⅱの設計時から、この複リンク機構にはピストンのサイドフォースを減らすために、膨張行程中のコンロッドをほぼ直立した姿勢で保持するような工夫がされていました。ピストンのフリクションを減らせれば、他のリンク部品によるフリクションを加えても、従来型エンジンとほぼ同等レベルに抑えられる目論見だったのです。 しかし、現実に計測されたフリクションは従来型よりもずっと大きな値でした。

全てのリンクにかかる荷重や摺動条件、その時間変化などを徹底的に調べ上げることで摩擦発生の要因を解析。その結果、必要かつ十分な部品の剛性や潤滑状態を確保しつつ軸径や摺動面積を最小限に抑えて摩擦を減らすべく、全ての部品を新設計した試作機Ⅴで、やっと所期の目標を達成することができました。

複リンク機構の進化

複リンク機構の進化

「EXlink」の完成。そして実用化へ

内燃機関としての高い熱効率が最も活きる商品、それが家庭用コージェネレーションユニットでした。しかし、同時にそれは振動・騒音・耐久性にきわめて厳しい条件が課せられる商品でもあります。しかし、開発メンバーには自信がありました。エンジン回転数など一定条件のもとでの連続運転であれば、従来型エンジンよりも複雑な動作をするこのエンジンでも、厳しい条件だって克服できる。それが、最初の試作機から3年3カ月、試行錯誤を繰り返した先行研究の成果でした。

そして、実際にコージェネレーションユニット用エンジンとして組み込むと、従来型エンジンに対し15%を超える燃費向上という目標性能を、狙い通り一発でたたき出しました。

さらに、新機構の信頼性を保証するために新部品の材料選定から形状の隅々まで工夫を凝らすことで、数千時間を超える耐久試験も無事にクリアすることができました。

「使う燃料はより少なく、取り出す仕事はより大きく」。エンジンの燃費を飛躍的に高める高膨張比エンジンはここに完成し、同形式を用いた複リンク式エンジンとして世界初の量産となるこのエンジンはEXlink(Extended Expansion Linkage Engine)と命名され、第三世代のコージェネレーションユニットへの搭載が決まったのです。

「EXlink」の基本構造を知ろう

EXlinkでは、従来型エンジンのコンロッドとクランクシャフトの間にトリゴナルリンクを新たに配置。スイングロッドを介してエキセントリックシャフトと結合することで複リンク機構を構成します。このエキセントリックシャフトを、クランクシャフトに対し、2分の1の速度で回転させると、ピストンのストロークは長短を繰り返します。

短いストロークを吸気/圧縮行程に、長いストロークを膨張/排気行程に割り当てることで、110cm3の吸気を163cm3まで膨張させる高膨張比エンジンを実現。「使う燃料はより少なく、取り出す仕事はより大きく」というアトキンソンサイクルの原理を、シンプルかつコンパクトな構造で再現しました。

EXlinkと従来エンジンとの比較映像を見る

高効率な「EXlink」

エンジンは原理的に「膨張比」が大きいほど効率が高くなります。これは、エンジンの内部で燃焼してできた高温・高圧のガスが、膨張しながらピストンを押し下げる際に、徐々に下がる圧力をなるべく最後まで、すなわち大気圧の近くまで使い切ったほうが、より多くの仕事を取り出せるからです。

しかし従来型エンジンの機構では、膨張ストローク(行程容積)と圧縮ストローク(行程容積)は等しく(オットーサイクル)、「膨張比」は「圧縮比」と同じ値となるため、一般的には「圧縮比」が高いエンジンほど燃費が良い、と言われてきました。しかし、効率を上げるために単純に圧縮比を高めると、ノッキングなどの異常燃焼が起こりやすくなり、最悪の場合にはエンジンを破損してしまうことが知られています。

EXlinkは複リンク機構を用いることで膨張時の行程容積が圧縮時よりも大きく、「膨張比」は「圧縮比」よりも大きくなっています。圧縮比はガスエンジンとして十分にノッキングを回避できる12.2:1としながら、膨張比はさらに17.6:1まで拡大。少ない燃料と空気をしっかりと圧縮し、燃焼させたガスをより大きな体積まで膨張させることで、燃料のもつエネルギーを最大限に取り出すことができます。さらに吸気行程が短いことで、空気と燃料を吸い込む際のポンピングロスも低減できるなど、従来型エンジンに対し大幅に熱効率を向上させることができました。

フリクション低減の工夫

EXlinkには多くのリンク部品が使われています。これらの部品の結合部のフリクション(エンジン内の摩擦によるエネルギー損失)はEXlinkの燃費を悪化させないのでしょうか?

EXlinkのフリクション低減のための工夫について説明しましょう。

 従来型エンジンでは、膨張行程でピストンが燃焼ガスの圧力を受けると、シリンダー壁面に向かってサイドフォースが発生し、ピストンとシリンダーの間に大きなフリクションが生じます。サイドフォースはコンロッドの傾斜角が大きいほど強く、エンジンにもよりますがエンジンの摩擦損失の半分以上を占める場合もあります。

これに対しEXlinkでは、燃焼ガスの大きな荷重を受ける膨張行程中のコンロッドが、ほぼ直立した姿勢を保つように設計しています。このためピストンにかかるサイドフォースが従来型エンジンに比べ極めて小さく、サイドフォースに起因するフリクションを従来型エンジンの半分以下に抑えることができました。この結果、従来機構には無いリンク部品による摩擦損失を加えても、トータルでは従来型エンジンとほぼ同等レベルのフリクションを実現。アトキンソンサイクルによるメリットを、余すところなく燃費向上につなげています。

フリクションの比較

フリクションの比較

コンロッド傾斜の比較図

コンロッド傾斜の比較図 従来のエンジン
コンロッド傾斜の比較図 EXlink
ノッキング ポンピングロス

関連論文

その他

Watanabe, S., et al. : Research on Extended Expansion General-Purpose Engine - Theoretical Analysis of Multiple Linkage System and Improvement of Thermal Efficiency - , SAE paper 2006-32-0101
Koga, H., et al. : Research on Extended Expansion General-Purpose Engine - Heat Release and Friction -, SAE paper 2007-32-0003
Naoe, G., et al. : Research on Extended Expansion General-Purpose Engine - Characteristic of Vibration -, SAE paper 2008-32-0012
Watanabe, S., et al. : An extended expansion stroke using multiple linkage system in general purpose engine, COMODIA 2008 OS-A3
Watanabe, S., et al. : Research on Extended Expansion General-Purpose Engine - A Numerical Approach to Reduce Vibration -, SAE paper 2009-01-1066
Naoe, G., et al. : Research on Extended Expansion General-Purpose Engine - Noise Characteristics Caused by Multiple Linkage System and Reduction of the Noise -, SAE paper 2009-32-0042
Kono, S., et al. : Research on Extended Expansion General-Purpose Engine - Efficiency Enhancement by Natural Gas Operation - , SAE paper 2010-32-0007
Naoe, G., et al. : Research on Noise Reduction of Linkage Drive Gear in Extended Expansion Lnkage Engine, SAE paper 2011-32-0538
渡邉 : 高膨張比汎用エンジン, 自動車技術会(JSAE)シンポジウム(2009) No.11-09
渡邉 : 複リンク式高膨張比内燃機関の熱効率, 日本機械学会論文集B編, 第76巻, 第768号(2010), pp.1281-1289
渡邉 : 複リンク式高膨張比内燃機関の振動特性, 日本機械学会論文集B編, 第76巻, 第770号(2010), pp.1601-1606
直江ほか : 家庭用コージェネレーション用複リンク式高膨張比ガスエンジンの開発, 自動車技術会(JSAE)シンポジウム20114814
吉津ほか : 複リンク式高膨張比エンジンを搭載した家庭用小型コージェネレーションユニットの開発, 日本陸用内燃機関協会機関誌LEMA(2011) No.503号 p.101-111
直江ほか : 複リンク式高膨張比エンジンの研究 - 数値計算による熱効率向上と慣性力低減の検証 -, 第23回内燃機関シンポジウム(2012), 0045
直江ほか : 複リンク式高膨張比エンジンのリンク駆動用ギヤに起因する騒音の低減, 日本陸用内燃機関協会(LEMA)機関誌LEMA(2011) No.510号
直江ほか : 汎用複リンク式高膨張比エンジンの燃焼騒音に関する研究, 自動車技術会論文集20154482, Vol.46 No.4: pp.731-736,


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