次世代小型スクーター用エンジン eSP

乗り物を操る面白さと、日々の暮らしの中での利便性を同時に満たしてくれる二輪車にいつまでも乗り続けることができるようにするために、私たちにはしなくてはならないことがあります。そうしたことの一つが走行時のCO2排出量の低減です。

次世代小型スクーター用エンジン eSP

この課題への取り組みの一環として、私たちは次のような目標を定め、次世代小型スクーター用グローバルエンジン「eSP」を開発しました。

  • 実用性を重視した力強い出力特性と耐久性のさらなる向上
  • 次世代のグローバルスタンダード・エンジンにふさわしい燃費性能
  • グローバルモデルに採用することによる地球規模でのCO2低減への寄与
  • お求めやすい価格の実現

私たちはeSPを2012年発売のPCXをはじめとして世界各地のお客様にそれぞれの地域ごとに、その地域に最も適したタイプのスクーターに搭載してお届けしていきます。

次世代小型スクーター用エンジン技術の成果

2012年に発売されたeSP搭載新型スクーターは2006年の同等クラスのスクーター(当社製110cc)に対し最高出力約20%※1、最大トルク約27%※1向上を図ったうえ、燃費が約33%※2向上しました(アイドリングストップ使用時)。

※1 数値はHonda調べ
※2 ECE R40モード(排出ガス測定に用いられる走行・停止を繰り返す走行パターン)。

CO2を減らすには

ガソリン1Lが燃える際に発生するCO2の量は一定です。これを変えることはできません。したがってCO2を減らすということはガソリンの使用量を減らすこと、つまり燃費を良くするということなのです。しかし一定量のガソリンから取り出すことのできるエネルギーも一定です※。 どうしたらバイクの走行に必要十分なエネルギーを取り出し、かつ燃費を向上させることができるのでしょうか?

※ ガソリンは50~500種類もの炭化水素の化合物です。このため、ガソリンが1L燃えた際に得られるエネルギー量と発生するCO2の量は含まれる成分によって若干異なりますが、CO2の排出量を計算する際にはそれぞれ 2,320g/L、34.6MJ/Lで計算するよう定められています(環境省発行 温室効果ガス総排出量算定方法ガイドライン平成23年10月発行版による)。

ガソリンの持つエネルギーは何に消費されている?

ガソリンエンジンはガソリンの持つエネルギーを100%使い切っているわけではありません。未だ多くのエネルギーが無駄に失われています。この無駄を削減していくこと、エネルギーの利用効率を高めていくことが燃費の向上につながります。eSPはこうした効率向上のための数多くの研究成果の集大成です。

※ 摩擦抵抗や慣性抵抗など、抵抗によるエネルギーロス。

燃費性能を向上させるには

エンジンの燃費性能を向上させるため、eSPには以下のような技術を投入しました。

燃料と空気の割合を最適化する

燃料と空気の割合を最適化する

常に最適な量のガソリンを供給するPGM-FI

PGM-FIは、エンジンが吸入する空気の量に対し適正量のガソリンを供給し、また適切な時期に点火を行うための装置です。適正な燃焼を促すためには、供給する酸素の質量に対し、適量のガソリンを供給する必要があります。これに対し、従来使われていたキャブレターという装置では供給する空気の容積を基本に適量のガソリンを供給していました。しかし一定容積の空気に含まれる酸素の質量は気温や気圧によって変化します。このため、PGM-FIでは吸入する空気の温度や圧力をセンサーによって検知し、ECU※によって空気中の酸素の質量を算出。これをもとに適正な量のガソリンをエンジンに供給します。これによって標高の高い所や悪天候時など気圧の低い時は一定の容積の空気に含まれる酸素の質量が小さくなるためガソリンの供給量を少なくします。天気の良いときなど気圧が高い時には、逆にガソリンの量を多くするなど状況に応じた適切な量の燃料を供給することで効率よくガソリンを使えるようにし、燃費性能向上に役立てています。

※ ECU=Electric Control Unit(バイクに搭載される小型コンピューター)

日常よく使う速度でエンジンの回転数を抑える

混合気の中の酸素とガソリンの比率が同じなら、回転数が低い方が燃費は良くなります。日常走行でよく使う低回転でトルクの出るエンジンにすれば、低燃費でこれまでと同じように走ることができます。eSPでは、低回転からトルクを出すときに発生しやすくなる「ノッキング」(エンジンに悪影響のある異常な燃焼)を防ぐための数々の技術を採り入れることで、低燃費とパワフルな走りを両立させています。

最適な時期で点火する

異常燃焼(ノッキング)を防ぐために、従来のエンジンに対して主に次の3点から様々な対策を施し、点火時期の最適化を図っています。

燃焼速度の向上
燃焼速度を向上させ、燃料がシリンダー内の熱によって自然に着火することを防ぐ。
吸排気効率の向上
素早い排気と吸気速度の向上に加え、混合気を旋回させることによりシリンダー内に均一且つ素早く混合気を供給し、高速でスムーズな燃焼を促す。
冷却効率の向上
シリンダー内部の冷却効率を向上することによって燃料がシリンダー内の熱によって自然に着火するのを防ぐ。

高速でスムーズな燃焼

吸気ポートの最適化、スキッシュの設定等により流速を上げるとともに混合気の複雑な流れをコントロールしています。これによって点火プラグの着火によっておこる火炎伝播の的確化がなされ、高速かつスムーズな燃焼が促されます。

吸気ポート形状の最適化とタンブル
吸気ポート形状と長さを調整し、混合気の流れをスムーズにして流速を向上させるとともに、燃焼室内でタンブル(縦方向のうず)を発生させる設計としました。これらによって混合気がすばやく均一に分散。ノッキングの起こりにくい、スムーズな燃焼を実現しました。
スキッシュ
点火プラグの対面にはスキッシュを設けました。スキッシュとは燃焼室とピストンの間に設けられた小さな隙間で、ピストンが一番上に達する際、この隙間で圧縮された混合気が点火プラグに向かって吹き出します。これにより燃焼後期の燃焼速度が速まります。

変速タイミングを最適化する

スクーターのベルトドライブは走行に必要な力を得るために、変速比を自動的に変更してエンジンの回転数を調整します。低回転領域のトルクが小さいエンジンでは、同じ速度でも上り坂など負荷の高い時に回転数を高くしています。 一方、低回転領域のトルクが大きなeSPでは、変速比の調整を行うトルクカムの形状と、トルクスプリングの硬さを見直し、同じ速度であっても従来のエンジンに比べ回転数を抑えることができるようにしました。これによって、低速域での燃費が向上しています。

エンジン内部で生じるフリクションを減らす

パーツ同士の摩擦、オイルや水をかき混ぜる抵抗、ピストンが往復するときに発生する慣性抵抗などを減らすことができれば、そのぶん、燃焼によって生まれたパワーをより有効に活かすことができるようになります。eSPでは、エンジン全体でこうした小さな「摩擦」や「抵抗」=「フリクション」をひとつずつ減らしていくことで大きな効果を生み出し、燃費性能の向上につなげています。eSPでは様々なフリクション低減施策に取り組み、2006年の同等クラスのスクーター(当社製110ccモデル)に対しエンジン内部のフリクションを約22%低減しています(Honda調べ)。

  • 摩擦抵抗

    歯車のかみ合い、ピストンとシリンダーとのすり合わせなど部品と部品がすれ合う際に発生

  • 慣性抵抗

    ピストンやロッカーアームなど往復運動する部品が運動方向を変える際に発生

  • 屈曲抵抗

    スプリングやベルトなどの弾性部品が曲げられたり伸ばされたりする際に発生

  • 撹拌抵抗

    オイルなどの流体をかくはんする際に発生

  • 流体抵抗

    冷却などの流体を圧送する際に発生

  • 空気抵抗

    冷却ファンが回転する際などに発生

オフセットシリンダー

従来のピストンとシリンダーの位置関係では、膨張行程におけるピストンは斜めに力を受けながら下がるため、摩擦抵抗が大きくなっていました。そこでシリンダーの位置をずらすことで、ピストンがまっすぐに下がることができるようにし、摩擦抵抗を抑えて、燃費性能を向上させました。

従来のシリンダー

オフセットシリンダー

スパイニースリーブと低張力ピストンリング

スパイニースリーブ
スリーブとは、アルミ製のシリンダーが、ピストンの上下動によって削れてしまわないようにするため、エンジンの内側に鋳込まれている鉄製の筒のことです。eSPでは、このスリーブの外側に細かい突起を持たせました。これにより冷却性が向上し運転中のスリーブのゆがみが低減され、ブローバイガス及びオイル消費量が減少。オイル消費量が減少するためエンジンオイル容量の削減が可能となり、オイルの攪拌に関わる抵抗が軽減されています。
低張力ピストンリング
スパイニースリーブの採用によりスリーブ肉厚の低減、均一化が図られるとともにシリンダー本体との密着性を向上させました。このためシリンダー側のアルミ肉厚の最適化を図ることができエンジンが温まった際の変形が低減されました。これによって運転時のスリーブ真円度が向上、ピストンリングの張力を低減することが可能となり、ピストンがシリンダーの内側で「擦れる」ときの抵抗を減らしています。

軽量ピストンピン

ピストンを支える軸(ピストンピン)は、鉄製で重いため、ピストンの重さに占める割合が高いパーツです。これが重いと、そのぶんピストンが上下する際に抵抗が増えてエネルギーのロスに繋がるため、燃費性能向上には軽くすることも重要です。eSPでは、ピストンピンに掛かる力を分散するために、ピンを通す穴のかたちを最適化。これにより、十分な耐久性を確保しながら小さく、同等クラスの従来機種(当社製)に対し25%軽いピストンピンを使うことができるようになり、燃費性能が向上しました。このことは、振動や騒音の低減、スロットルレスポンスの向上にもつながっています。

ローラーロッカーアームとバルブスプリング

ローラーロッカーアーム
ロッカーアームは、吸排気バルブを一分間に何千回も開閉させるためのパーツなので大きな摩擦抵抗が発生します。eSPでは、従来ただの曲面であったロッカーアームとカムが接する部分をローラーとするとともに、ロッカーアームの軸にもニードルローラーベアリング※を採用し、摩擦抵抗を低減しています。ローラーは極力小型化することで、ロッカーアームが上下に動くときの慣性による抵抗も抑え、燃費性能向上に役立てています。

※ ニードルローラーベアリング=円筒状のローラーによって回転部を保持し、摩擦抵抗を低減する軸受け。
バルブスプリング
ロッカーアームの軽量化とそれに対応したカムプロフィールの最適化により、ロッカーアームが下降する際の加速を小さくすることが可能となりました。これによってバルブスプリングのスプリング荷重が低減されバルブ開閉に関わるエネルギーが軽減されました。

駆動系まわり

ドライブベルトの材質の最適化
ふたつのプーリーの間に掛けられているドライブベルトは、常にプーリーのまわりで曲がったり折れたりしながら力を伝えており、ここでも抵抗が生まれています。eSPでは、ドライブベルトが折れ曲がるときの抵抗を小さくするため、柔軟性と耐久性を兼ね備えた、新素材のベルトを採用しました。
ドリブンプーリーの最適化
トルクカム角度とスプリング荷重の最適化によりベルトにかかる圧力を下げ、伝達効率のロスを低減。
ドライブプーリー上の冷却フィンへの「ターボファン」採用
冷却フィンの形状をこれまでの「シロッコファン※1」形状から「ターボファン※2」形状に変更。冷却効率を高めるとともに、空気抵抗によるエネルギーロスを防いでいます。

※1 シロッコファン:効率が低く音が大きいが大容量で高圧の風を送ることができるファン。
※2 ターボファン:風量は少ないが効率が高く静かなファン。

ミッションまわり

ミッションオイルの容量低減
動力をタイヤに伝えるためのギアはオイル(ミッションオイル)に浸されており、オイルをかき回すときには抵抗が発生しますが、ギアを保護するためのオイルを少なくすることができれば、その抵抗を減らすことができます。eSPでは、オイルを効率よく循環させるための経路を設け、少ないオイルでも十分にギアを保護できるようにすることでオイルの容量を削減。燃費性能を向上させました。
ベアリングの最適化
動力をタイヤに伝えるためのギアの軸は、これまでクランクシャフトと同じベアリングによって支えられていましたが、非常に頑丈な一方で、回転のときの抵抗も大きいのが難点でした。eSPでは、この部分のギアのために、ミッション専用のベアリングを新たに設計。十分な耐久性を確保しながら、ギアが回転するときの抵抗を抑え、燃費性能を向上させました。

ビルトイン水冷システム

従来の水冷システム

ビルトイン水冷システム

従来、エンジンの熱によって熱くなった冷却水の温度を下げるラジエターはエンジンから遠くはなれていたため、ポンプで冷却水を行き来させるためには強い力が必要でした。eSPでは、ラジエターをエンジンに近づけ、冷却水が移動する距離を短縮し、ポンプの負担を軽減。さらに、ポンプは、ギアやベルトを介さず、エンジンの力で直接動かすことができるように一体化させて効率をアップし、燃費性能向上につなげました。

冷却系まわり

高効率コア採用
ラジエターには面積当たりの冷却効率を50%※向上させた高効率コアを採用しました。これによって従来のラジエターに対し、同じ冷却効果を得るためにラジエターを通過させる冷却気の通風量を低減することができました。
ラジエターカバー形状の最適化
ラジエターカバーの設置角度の見直し、導風リブの設置によって効率的な走行風の取り込みが行われています。
冷却ファンの小型化
高効率コアの採用とラジエターカバーの最適化によってラジエターファンの小型・軽量化が可能となり、ファン駆動に関わるフリクションロスが低減されました。またファンの小型・軽量化は静粛性の向上にも寄与しています。
冷却系の見直しによる効果
高効率コアの採用、ラジエターファンの小型・軽量化などにより、従来のビルトイン水冷システムに対し、冷却系トータルでのフリクションが30%※低減されています。

※ 数値はHonda調べ。

アイドリングストップ

一般的なガソリンエンジンは信号等で停車している際にも回転を続けガソリンを消費します。こうした無駄を省くために停車した際に自動的にエンジンを停止し、走行再開の際には自動的に始動させるシステムがアイドリングストップシステムです。eSPにはこのアイドリングストップ機構を搭載することができます。

停車後、0km/hの状態が3秒間続くと自動でエンジンを停止

eSPのアイドリングストップ機構

アイドリングストップ機構がONの状態で信号などで停車した際には3秒後に自動的にエンジンが停止します。再びスタートする際は、通常のバイクと同じようにスロットルグリップを回すと瞬時にエンジンが始動し、アイドリングストップを行わないバイクと同様のスタートすることができます。eSPのアイドリングストップ機構は確実でスムーズな停止、再始動性能を確保するとともに小型スクーターに搭載するために小型軽量化、低コスト化が図られています。(アイドリングストップ機構は手動で解除することができます。)

アイドリングストップの効果

eSPではアイドリングストップを使用することにより燃費が約7.5%向上します。

アイドリングストップシステム

※ECE-R40モード:排出ガス測定に用いられる走行・停止を繰り返す走行パターン。カタログに記載される燃費は停止状態の無い60km/hの定速走行時のものであるため、アイドリングストップを用いても変化しません。

ACGスターターと発電制御

ACGスターター
eSPを搭載する「PCX」のアイドリングストップシステムでは、エンジンの始動をより静かに行えるよう、「ACGスターター」方式を採用しました。「発電機」は、電気の流れを逆にすると「モーター」になります。これを利用して、バイクが使う電力を発電するACG(交流発電機)をそのまま始動用モーターとして使うため、シンプルな構造を持ちます。これによって静粛性が高く、スムーズな始動を行えるのが特徴です。
発電制御
一方、スターターの役割を担うことから、ACGは従来のシステムと比べてサイズが大きくなります。大きなACGは発電量が多く、必要以上の発電を行ってしまうと、エネルギーのロスにつながってしまいます。そのため、eSPでは過剰に発電を行わないように充電量を適切に制御。エネルギーのロスを低減します。

電子制御スイングバックとデコンプ

スイングバックで勢いをつけてから始動

圧縮時に排気バルブを少し開けて減圧

電子制御スイングバック
アイドリングストップシステムでは、エンジンの停止・始動を頻繁に行うため、スムーズで素早い再始動が求められます。そこで、エンジンを停止させた直後に、クランクを少しだけ逆回転させて助走距離を稼ぎ、勢いを付けてから回転させる「スイングバック」を行うことで、始動にかかる時間を短縮させました。※

※アイドリングストップによる始動時。スタータースイッチオンからの始動時は、始動直前にスイングバックを行います。
デコンプ
また、始動時には圧縮行程で排気バルブを開けて、圧縮にかかる圧力を逃がすことでクランクの回転に必要な力を小さくし、より小さいモーターの力で始動できるようにしています。

その他の取り組み

排出ガスのクリーン化

PGM-FIによって混合気の中の空気とガソリンの量を適切な比率で燃焼させると、排出ガスに含まれる炭化水素や一酸化炭素、窒素酸化物といった有害物質の発生を抑えることができます。それでも発生してしまう有害物質は、排気管内に装着された「三元触媒」の中を通過させることで化学反応を起こし、二酸化炭素(CO2)、水(H2O)、窒素(N2)といった、人体に対して害の少ない物質へと変化させています。さらに、eSPではO2センサーの採用による排出ガスに含まれる酸素の量を検出、これをPGM-FIのECUにフィードバックしています。これによってPGM-FIの燃焼制御精度が向上し三元触媒がより効果的に機能しています。また、一般的にO2センサーは高温にならなければ作動しませんが、eSPではこれを排気ポート直後に配置することにより始動直後から高温になり作動を始めます。これによって特に始動直後に排出量の多いCO、HCを効果的に浄化します。

静粛性の向上

eSPの開発においては低燃費だけではなく、静粛性の向上にも高い配慮を行いました。eSPは常用速度のエンジン回転数が低いので、走行時の静粛性が向上しています。さらに、アイドリングストップやエンジンを構成する各種の部品の入念な見直しを行い、静粛性を向上しました。

部品の軽量化、剛性アップなどによる振動軽減

アイドリングストップ / 風切り音の低減

地球規模でのCO2削減をめざして

eSPは、最新の燃焼制御技術や各部フリクション低減技術など、多くの燃費性能向上技術を採用し、走りと燃費の両立を実現しました。そして、吸気系・排気系・駆動系などの最小限の仕様変更で、10インチ~16インチまで、幅広いサイズのタイヤを装着することができることから、世界中の国に合わせた様々なモデルに搭載され、地球規模でのCO2削減に寄与していきます。

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