不意に雨が降り出した。本田技術研究所の敷地のあちこちに、あっという間に水たまりができるほどの降りだった。
 「それにしても大きな音だ・・・」
 屋根を叩く強い雨音に、天井を見上げながら杉本富史はつぶやいた。

 2000年に完成した、世界初の屋内型〈Car to Car〉全方位衝突実験施設の中に彼はいた。この世界初の施設、通称67号棟の建設を推進した人物である。
 延べ面積は4万平方メートルを越える。東京ドームの面積に匹敵する広さだ。なのに、施設内の広大な実験スペースには見渡す限り柱ひとつない。
 強い雨音の理由がそこにあった。
 柱をなくすために軽くした屋根が雨音を響かせているのだ。

 柱をなくしたのはもちろん、そもそも前代未聞の屋内型衝突実験施設建設の背景には、「Honda」を物語るストーリーがある。



  1990年代の半ば、安全に関わる研究所のスタッフは、21世紀の自動車の安全を見据えたとき、もっと現実=リアルワールドに即した衝突安全を考えるべきという方針を打ち出していた。
 早くから交通事故の実態を調査していたスタッフは、『クルマ同士』あるいは『クルマと歩行者』の衝突事故が、死亡事故に占める割合が多いことに着目していた。
 クルマ単独の衝突安全ボディの進化の方向性にはおよその見通しが立っている。ならば、リアルワールドで多くの死亡事故に結びついているその2つの事象へ、自主的に目を向け対処すべきである。そのために、専用の実験施設が必要になると結論づけたのだ。

 もちろん、公的な機関にクルマ同士の衝突実験を依頼することはできる。しかし、それでは事故の現実を知る技術者は限られた者になる。現場・現物・現実を重んじるHondaのフィロソフィーからすると、その選択はないはずだ。

 「Hondaのクルマを開発するすべての技術者に、リアルワールドで起こっている衝突の現実を見てもらいたい」

 研究所内に大規模な衝突実験施設をつくれば、それが可能となる。

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