ずしりとした感触だった。
 これまでのNSXの高速走行では感じたことのない、心地よいステアリングフィールである。
 谷田部の高速テストコースを、かつてない安心感につつまれての全開走行。ステアリングを握るNSX開発責任者の上原繁は、自分の考えていた技術の方向性が間違いないことを確信した。

 『ダウンフォースでスーパースポーツのハンドリングを革新する』。
 2000年。開発チームは、2代目のNSX-Rの開発で、また新たな革新に挑んだ。

 NSXは、1990年に登場したHondaはじめてのスーパースポーツである。
 開発チームは、NSXを生み出すにあたり、これまでのスーパースポーツにない新たな価値を創造すると決意していた。



そして、その決意を実現するにあたりこだわったことは、

 誰もやらなかった方法で《一番》を狙う。

 ということだ。
 開発チームは、既にある価値を踏襲する考えはなかった。他と同じことをするなら、Hondaがあえてスーパースポーツをつくる意味がない、とまで考えていた。
 NSXの開発において、「誰もやらなかった方法」とは、

 「人」を中心に置いてすべてを考え、
 「人」が乗る機械としてスーパースポーツの完成度を極めることだ。

 この方法論を聞いて、奇異に感じる方もいるだろう。が、それまでのスーパースポーツは、開発者の視線が「人」ではなくクルマに注がれているとしか考えられなかった。そこに人が乗ることはわかっていても、その存在を注視してはいない。



「Honda テクノロジーストーリー」をご覧いただきありがとうございます。
より面白く、興味深いサイトにしていくため、皆さまからのご意見、ご感想を募集しております。
ぜひ、ご協力をお願いいたします。

SSL対応SSL非対応