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Sportscar web TOP > 大いなる軌跡 TOP > 高平 高輝


現在は鈴鹿サービスセンターで行われているリフレッシュプランには申し込みが殺到し、今のところ入庫までなんと一年半待ち!の盛況だという。これではあまりに申し訳ない、という上原さんのHondaでの最後の仕事のひとつが、入庫までの待ち時間を半年から一年ぐらいに短縮するよう体制を強化することと、部品類の長期供給を可能にするための手配だったという。(*)
既に生産が終了したクルマの将来の面倒を見るために奔走する生みの親と、それに応える会社。古今東西の自動車界でこんな話は聞いた覚えがない。NSXは本当に幸福なスポーツカーなのである。
*:2007年10月時点では、約1年待ちになっています。

NSXをきわめてユニークな存在にしているもうひとつの理由が、造り手とユーザーの距離感ではないだろうか。世の中には自動車ブランドのクラブ・ミーティングや、カスタマー・イベントの類は星の数ほどあるけれど、クラシックカーやエクスクルーシブなヴィンティッジカーならいざ知らず、まだ現役バリバリの頃から、NSXほど熱心な集いが行われてきた存在は他に例がない。
しかもNSX fiestaやオーナーズミーティングでは、自分のクルマを目一杯走らせたり、オーナー同士が語り合うだけでなく、現役の開発者と直接、親しく言葉を交わすことが当たり前だった。職人が自ら道具を作り、売っているような小さな工房や商店ならば、作り手、売り手と買い手の距離がきわめて近く、お客が直接作り手に商品の感想や個人的好み、あるいは不満を伝えられるが、巨大な組織の中で作られる自動車の場合、カスタマーがダイレクトに作り手に要望を伝えることができる機会があり、作り手側もそれを気さくに聞いてくれるような関係は普通ならあり得ないものだ。それは「カスタマーサービス」や「ブランド・ビルディング」などという言葉でくくられる企業行動をはるかに超えて、もっと濃密で直接的な関係だ。

NSXがこれほど愛されているのは、毎日乗れるスポーツカーを作るという上原さんたちの当初の目標が、的確に時代を捉えていたことの証明と言える。
デビュー当時は“エブリデイ・スポーツカー”の真意がやや誤解され、快適性を考えたスポーツカーなど軟弱だ、もっとスパルタンであるべきだ、という硬派のピューリタン(厳格)なファンからの意見も少なくなかったが、今振り返ってみれば、毎日乗れるということと、スポーツカーの本質的な魅力は矛盾しないとした上原さんたちの主張が正しかったことは明らかだ。
それまでは、故障の心配をせずに楽しめるスーパースポーツは事実上存在しなかった。エアコンが良く効くという現在では当たり前のことでさえ、当時は当たり前ではなかった。高性能スポーツカーは非日常的なクルマだからある程度信頼性が低くてもしかたがない、といった旧来の固定観念をNSXが打ち破ったのである。エアコンの効き具合や壊れる心配をしなくて済む、普通のセダンやハッチバックとまったく同等の信頼性を持つ「日常的な」スポーツカーとして登場したNSXは、それゆえに世界中の名門スポーツカー・メーカーに大きな衝撃を与えることになった。NSXの登場以降、どんなブランドであっても信頼性や実用性についての言い訳は通用しなくなったのである。
日常的に楽しめるスポーツカーだからこそ長く乗ってもらえる。NSXのそのコンセプトは、オールアルミ・ボディの耐久性やリフレッシュプランといった手厚い整備体制とともに撚り合わされて、NSXを貫く太い筋となっている。毎日乗れるスポーツカーは、今やいつまでも乗れるスポーツカーとなって、この先も長く生き続けるだろう。

形あるものはいつかは壊れ、消え失せてしまうのが世の道理だ。しかし、意志や魂がこめられたモノはきわめて長持ちするし、たとえ形がなくなったとしても、その心意気が消えることはない。それをDNAやブランドと呼ぶ人もいるけれど、いずれにしても込められた魂は永遠に受け継がれる。それはエコだロハスだと流行り言葉のように取り沙汰されるずっと前から私たち日本人が語り継いできたことである。稀有なスポーツカーであるNSXの生産が終了したのは本当に残念だが、ファンやユーザーのすぐ側に寄り添うモノ造りの魂が受け継がれている以上、Hondaスポーツカーは鮮烈な伏流水のように、またどこかで再び私たちの目の前に湧き出してくるはずだ。
「一番幸せなことは、いつまでも友だちに覚えておいてもらうこと」という言葉を説く童話を読んだことがある。オーナーやファンに愛され続けていることの証しとしてHonda NSXが路上に健在である限り、誰もこの幸福なスポーツカーを忘れることはない。そしてまた、優しい笑顔の奥にとんでもない頑固さを秘めたスポーツカー・エンジニアのことを忘れないだろう。