私はNSXの最も優れた面が、長い間見過ごされてきたと考えています。
それは、“NSXのサスペンションは素晴らしい”という言葉に尽きます。
ボディもサスペンションもアルミ製で、ジャーナリストの注目がアルミボディの称賛に偏りがちなのは仕方のない部分もありますが、実はサスペンションのほうがボディよりも数段優れたアルミの使われ方をしているのです。
軽くて強靭でしなやかに仕上げられており、加えて、前後とも17インチと、オーバーサイズでないタイヤが完成度の高いNSXの操縦性と乗り心地に寄与しています。NSXのサスペンションは実に賢いシステムで、その開発には莫大な費用がかかったのではないかと当時思っていました。その精確無比な操縦性と良質の乗り心地を両立させるために、ピボットを介してホイールの動きに自由度を与える縦型のコンプライアンスピボットを採用してありました(※)。

(※)コンプライアンスとは、突起を乗り越える場合など、タイヤに前後方向の外力がかかった際、タイヤ及びサスペンションが移動し、ショックをいなす能力のこと。ピボットはアッパーアームとロアアームを結ぶ形でセット。上下アームと一体となって動くようボールジョイントで接続されている。入力があるとピボットが回転し、コンプライアンスを確保しながらアライメント変化をほぼゼロにコントロールするシステム(図参照)。このNSXのサスペンションシステムから得たインスピレーションが、後のマクラーレンF1のサスペンションシステム開発につながりました。

また、NSXはDBW(ドライブ・バイ・ワイヤ)を初めて採用したクルマでもあり、そのフィーリングは、とても好ましいものでした。DBWは、アクセルの踏み込み量を機械式のケーブルではなく電気信号によって伝達することで、ごく自然でリニアなアクセルフィーリングを実現するシステムで、今だから恥をしのんで告白してしまいますが、私は自分の開発したマクラーレンF1用にそのアイデアをコピーしました(笑)。

低く構えたNSXのドライバーズシートの設定も、ヘッドクリアランスも理想的で、視界も抜群でした。NSXの開発陣は、ダッシュボードから遠く離れたエアコンのユニットをNSXのノーズぎりぎりに移動させることによって、スペースを稼いだのです。そしてそのNSXのエアコンディショニング・システムはとても優れた代物で、通常は作動しているのかどうかさえ気づかないほどでした。
私は、NSXを買った日に温度調整の“オート”ボタンを押して以降、そのNSXを手放すまで、一度もそのボタンに触りませんでした。それほどパーフェクトなものだったのです。ああ、それから備わっていたオーディオ・システムも素晴らしかったのを覚えています。

でも、メディアはアルミ製のボディのことばかりを書き立て、私が素晴らしいと感じたNSXの持つ多くの美点や長所は、見過ごされがちだったと感じています。
私は、偉大なスポーツカーであるNSXには、残念ながらマーケティング的に2つの大きな難点があったように思います。まず、当時、人々はまだあれほど高価な日本車を受け入れる準備ができていなかったということです。2つ目の理由は、やはりスーパーカーを購入する層にとっては、パワーという面において物足りなかったのではないでしょうか。むろん、そのプロトタイプのエンジンは申し分のない優れたものでしたし、間もなくVTECエンジンが導入されました。あのVTECサウンドはいつ聴いても素晴らしい。繰り返しますが、NSXの抜群に優れたシャシーは、もっともっと凄いパワーでもまったく平気だったはずです。
もう少し、低めの価格設定をするか、あるいは違ったブランド名で違ったバッジをつけて売るか、あるいは、少しだけ、ほんの少しだけですが派手で猛々しいスタイリングともっと大きなパワーを有していさえすれば、NSXは20年間スーパーカーのカルト的スターとして君臨したに違いありません。

しかし当時のHondaのフィロソフィーとして、気筒数の多い大きなエンジンに対して抵抗感があったようです。よくわかりませんが、多分その当時、パワーリミットの自主規制をしていたことと関係があったのかもしれません。
Hondaのエンジンを愛する私は、その後、自らHondaの栃木研究所に2度足を運び、当時の研究責任者に私の開発していたマクラーレンF1用に4.5リッターV10かV12を作ってくれるよう、頼みもし、説得も試みたのですが、結局聞き入れてもらえず、マクラーレンF1にはBMW製エンジンを載せることになりました。

NSXの開発にかかった費用は天文学的な数字ではなかったのでしょうか。すべてが唯一無二、ユニークなものばかりでした。シャシーしかり、パワートレーンしかり、エアコンでさえ比類なきものでした。あのアルミ製ボディなんかはとても高価なものでした。スポット溶接や、腐食、修理といった数々の難関を乗り越えて生産化に成功したNSXは、まさにクルマの歴史における金字塔といえるでしょう。開発に携わった人間のクルマ作りに対するフィロソフィーが伝わってきます。しかし、私ならオールアルミにこだわらず、スチール構造にアルミのパネルを使って同じような軽量化を果たそうとするでしょう。いや、私が強調したいのは、あのサスペンションです。まさに画期的で偉大なるアルミの利用方法です。

ほんのいくつかに過ぎませんが、NSXには改良すべき点もありました。まずタイヤが柔らか過ぎるという欠点、私は所有した7年足らずの間に、実に14セットもタイヤを替えなければならなかったものです。後に硬めのコンパウンドのミシュランに替えたので、タイヤの寿命も延びました。そのことによって多少グリップを失いましたが、その分ドライビングは楽しいものになりました。NSXのトラクションコントロールもABSもまだ出始めの初期モデルだったので、すこし間延びのしたシステムでした。室内に収納スペースがないのにも困りました。しかし、そんなことはこの偉大なスポーツカーにとっては取るに足らないことばかりといえます。

NSXは真の金字塔たるクルマです。惰眠を貪っていたフェラーリの目を覚まし、実用性、居住性、操縦性を飛躍的に進化させたという事実によって、ポルシェの目も覚まさせました。販売的には大成功とはいえなかったかもしれませんが、多くの影響力を持つ重要な人々が購入したと思います。そしてNSXは非常に長い期間、販売されていたクルマとしてもめずらしいのではないでしょうか。
事実、もし今、あの類のクルマが必要となれば、私は迷わず、喜んでNSXをもう一度手に入れることでしょう。