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自動車ジャーナリストとして数限りないHonda製自動車とたくさんのHonda製バイクにこそ接してきたが、他のプロダクトというと正直言ってなじみが薄い。40周年記念イベントの会場はいくつかのエリアにわけられていて、ABSのデモンストレーション用に放水されたアスファルト舗装のテストトラックには、ジャーナリストが乗って試せるクルマとバイクが用意されていた。
近くの湖ではHonda製4ストローク(エンジン)船外機が装着されたボートを、オフロードではHonda製SUV車を、別のトラックではHonda製125ccスクーターや小型バイクを試すことができるようになっていた。
さらには250ccのHonda製4ストローク・エンジンで走るカートは、予想以上にトリッキーで面白いゴーカート用トラックを走りレースして楽しむことができた。他にも発電機やウォーターポンプ、芝刈り機といったHonda製農機やガーデニング・マシンやツールなどのデモンストレーションを見たり、実際にさわって試すことができる仕組みになっていた。こんなふうに一堂に集めて見せられると、Hondaはこんなにもバラエティに富んだ製品をつくっているのかと改めて感心する。
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| 水が撒かれたテストトラックで、ABSの効果を楽しむ参加者たち。 |
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むろん、主力製品である乗用車も遜色のないラインアップが用意されていた。パリ郊外マルネ・ラ・ヴァリー(Marne-la-Vallee)にあるHonda
Europe (South)からイベント開催地のドーヴィルまでの片道230kmの移動用に供されたHonda車は、ガソリンかディーゼルのどちらかのエンジンが選べるアコード、IMA(ハイブリッド)を含む各種シビック、そして数台のジャズ(=フィット)である。私の選んだのはアコード・ディーゼル・ツアラーで、実は私は密かにHondaの開発したディーゼル・エンジンを再び試すのを楽しみにしていたのだ。そしてこのHonda製ディーゼル・エンジンが「現在世界トップクラスのスムーズさとパワフルさをあわせ持つ4気筒ディーゼル・エンジンである」という、以前私が下した評価が間違っていなかったということを再確認させてくれた。
この記念行事が行われている期間中、多くのスタッフによって繰り返し強調されたのは、Hondaが4ストローク・エンジンの優秀性、つまり2ストローク・エンジンよりすぐれた燃費と清浄な排気をいかに早くから認め、今日にいたる長い間(1953年以来実に50年以上)その開発と改良に関わってきたかということで、そのことを語るスタッフたちの顔はとても誇らし気であった。
事実Hondaのエンジニアは、大きさ、重さ、そして潤滑という4ストロークエンジンの持つすべての弱点を創意と工夫によって克服し、世界に誇る汎用エンジンを完成させたのである。
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スクーターを楽しむポール・フレール氏。安定してコーナリングする。 |
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それは本田宗一郎氏の時代から綿々と受け継がれてきた精神であり、Hondaという企業の良心ともいえる。二輪のレースでパワーこそ優るものの燃料を大食いする2ストローク・エンジンが支配的だった時代にも、Hondaは決して諦めることなく4ストローク・エンジンにこだわり、オーバル・ピストンを開発するなどして2ストローク勢に負けまいと努力し続けたことを我々は決して忘れていない。その後、人々が2ストローク・エンジンの後進性に気付き、二輪の世界最高峰レース、MotoGPからついに追い出されたことを多くの人が心から喜んでいる。Hondaの長い間の努力も報われたのではないだろうか。
船外機の世界でも、Hondaが市場に参入するまでは2ストローク・エンジンが市場を独占していた。この世界でもHonda製4ストローク・エンジンはその優秀性を認められ、たちまち多くのファンを獲得する。
最初は小型であったHonda製船外機用エンジンも段階的にパワーアップを遂げ、なんと今やトップモデルは225馬力のV6 VTECエンジンで、電子制御燃料噴射装置付きという堂々たるスペックである。
Hondaファンとしては船外機だけでなく、いつの日かボートもつくってほしいと思う。今回イベント会場に用意されていたボートには、下から2番目に小さくとても可愛い4.5馬力のものだったが、滑らかで静かに回り、経済性も高い上にリバース・ギアも付いていて家族で楽しんだり、釣りに利用したりとレジャー用には十分なパワーを持ったユニットであった。 |
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