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Honda > SPORTS DRIVE WEB > Spirit of Honda Sports > Hondaのスポーツ魂を語り継ぐ vol.1 後編

[Hondaのスポーツ魂を語り継ぐ]vol.1 鈴鹿はHondaが日本のためにつくったサーキット・後編:「鈴鹿サーキットのもうひとつの主役、自動車遊園地」
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子どもたちにも、“夢”や“操る喜び”を

鈴鹿サーキットにまつわる一連の取り組みは、本田宗一郎のパートナーである藤沢武夫が情熱を注いだものでした。鈴鹿サーキットに先立ち、オートバイユーザーに走る場所を提供し、ルールとテクニックを学んでもらう施設として、奈良県の生駒、東京の多摩など全国各地に「テック」を開設。そこで健全なオートバイユーザーを育成し、国際級のサーキットである鈴鹿をめざしてもらうこともできる基盤をつくりました。生駒テック・多摩テック・鈴鹿サーキットには、子どもたちにオートバイやエンジンが持つ科学性や楽しさに触れてもらえる自動車遊園地を併設。技術への関心や、健全なスポーツとしてモータースポーツへの関心を高める鈴鹿プロジェクトの“もう一つの主役”として誕生したのです。

Photo:1963年1月鈴鹿サーキット第1期自動車遊園地完成。

“ホンモノ”にこだわったオリジナルな乗りもの

自動車遊園地の最大の特徴は、お客様ひとり一人が「本物のエンジンを搭載した乗りもの」を自ら操り楽しみをつくり出せるところです。エンジンだけでなく、乗りもの自体もHondaグループ社内で開発したオリジナル作品。Hondaは「自作」にこだわり、「操る喜びの提供」にこだわったのです。

Photo:生駒テックや多摩テック、鈴鹿サーキットの自動車遊園地で大活躍した“エンジン付きの乗りもの”。写真の、スーパーカブのエンジンを載せた多摩テックのミニバイクは、のちに「モンキー」としてデビューした。

本物は、大人が操っても楽しい

生駒テックと多摩テックに自動車遊園地が開業したのは1962年4月。鈴鹿は竣工から5ヵ月後、1963年1月に開業しました。当時はまだ自動車が珍しかった時代。本格的な“エンジン付きの乗りもの”は、子供だけでなく、大人にとっても心躍るものでした。

Photo(左):自分で操るエンジン車「走る椅子」(多摩テック)
Photo(右):大人も子どもも楽しむ「フォーミュラ・4」(鈴鹿サーキット)

 “他と違うもの”でなくては意味がない

開設に先立ちディズニーランドを視察した藤沢武夫は、清潔さ、独創性、完成度の高さに感動。その精神を自動車遊園地の参考にしました。しかし、真似をしても本物にはかないません。「Hondaがやるからには、他のどこにもない、他と違うものでなくては意味がない」との想いのもと、オートバイ・クルマ・エンジンなどの科学を核とした「学び」と、それを「自ら動かす楽しさ」を追求。「子どもが自分の手を動かして、自分自身で楽しみをつくり出せるところ。家庭でもできない、町の中でもできない喜びをつくり出す場所」。藤沢武夫は「ディズニーが“静”の世界一なら、“動”の世界一をめざそう」とスタッフに熱く語りました。

Photo:レールの上を走る“エンジン付き”の絶叫マシン。急坂を上り下りし、スリルとスピード満点。

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