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Hondaと他のメーカーを分けているものは何だろうかと時々考える。確かにHondaは、日本の他のメーカーとも、おそらく世界のどのメーカーとも一線を画している。その違いは何か。それはおそらくHondaというメーカーが長くモータースポーツに関わってきたという歴史を有していることと、その歴史に培われた伝統がHondaの生産する自動車に直接間接的に影響を与えているからだろう。
そのHondaの輝かしいモータースポーツの歴史と、日本人エンジニア特有の品質と信頼性に対する飽くなき情熱が合体したミッドシップ・スポーツカーが開発されれば、スポーツカーの既存概念を根底から覆すようなクルマができあがるに違いないということは容易に想像できた。それがHonda
NSXである。
私はいつもHonda車のことを「レーシングカーのエッセンスをどこかに有しているクルマ」と表現している。そしてNSXは、あまねくHonda車の中でもレーシングカーのエッセンスがたくさん詰まったクルマである。今回ツインリンクもてぎ内にあるホンダ・コレクションホールを訪ねて、その意を強くした。
ホールの正面に飾られた1924年式カーチス・スペシャルからは、レース好きだった本田宗一郎の情熱が伝わってくる。その横に並ぶ輝かしい歴史に彩られた錚々たるモーターバイクの数々にも圧倒される。しかし自動車好き、レース好きの私にとって何よりの喜びはレーシングカーの展示されたフロアであった。
そこに展示されたグランプリカーの一台、一台に私の足は釘付けにされる。Hondaが初めてF1に挑戦した時のクーパー・クライマックス、縦置き12気筒の1964年式RA271など、枚挙に暇がないほどだ。特にRA272は戦後のグランプリカーの中でも私の大好きな一台だ。その独創性もさることながら、当時のHondaエンジニアの工夫と苦労の跡が見て取れて感慨深い。
現代のF1のように同じテーマとレギュレーションの中から生まれてくる似たり寄ったりのグランプリ・マシーンに比べると、RA272のユニークさはとても印象的である。私は1961年のF1ドライバーズ・チャンピオンであるフィル・ヒルと一緒に50台以上ものヴィンテージ・レーシングカーを取材し、ストーリーを作ったことを誇りに思っているが、彼とともに鈴鹿でHonda
RA271を取材した時のことは、フィルとの想い出の中でも未だにベスト3に入っている。あの鈴鹿で聴いたエンジンの音は生涯忘れないだろう。
コレクション・ホールを訪れれば、NSXは作られるべくして作られたクルマであることがよくわかる。もちろんHondaは他にも最初のS500から最新のS2000まで、時代を築き上げたスポーツカーを作っているが、NSXだけは別格である。なぜならNSXは世界の並み居る最高級スポーツカーに敢然と挑戦し、その素晴らしさを証明して見せたスポーツカーであるからだ。
アメリカで高い評価を得ているロード&トラック誌の行った最初のNSXのロード・テスト記事から引用したい。『NSXは非常に欠点の少ないクルマである。技術的にNSXは素晴らしく、動力性能的にも群を抜く出来だ。魂をゆさぶる走りとロングツーリングにも適した乗り心地よさの共存というカメレオン的な性格は、従来の最高級スポーツカー市場を変えた』
しかし私はNSXがもう一つ、とても重要なことを成し遂げていることを身をもって知っている。実はNSXは全世界に向けてHondaの持つ価値を非常に意味のあるやり方でアピールしたのだった。
それはこういうことだ。私は長くフェラーリのファンである。ファンではあるが、ある時点まではフェラーリが素晴らしいけれども決して完璧なクルマではないと信じ続けてきたのも事実だった。デイトナも、ボクサーも、ディーノも、348もレーシーでエキサイティングな楽しいクルマだったけれども、ボディの揺れがないような組み立て方とか、エアコンが正しく作動するとかといったアメニティは最初から期待しないのが私を含めて業界内外の共通認識、暗黙の了解だった。
NSXはそんなぬるま湯的なスポーツカー市場に活を入れ、フェラーリやランボルギーニといったメーカーに恐怖感を与えたのだ。F1でも実績のある日本の大メーカー、Hondaから出たミッドシップ・スポーツカーはルックスもセンセーショナルで、動力性能も高い、仕上がりもHonda車らしく非常によくできている。よく出来ているだけでなく性能も高いとなればスポーツカー・メーカーが慌てないわけがない。
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