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しかし、せっかくF1で得た「効率の良いエンジンをつくるメーカー」という評判も、NSXのシャーシ・デザインの優秀性も、ヨーロッパで宣伝に利用すれば、もっともっと多くの人にアピールできたのに、結局は一部の熱狂的な自動車ファンとHondaの信奉者と呼ぶべき人たちにしかNSXの真価は伝わらなかったような気がするのは、かえすがえす残念でならない。ル・マン24時間レースやドイツのGTカップにおけるNSXの挑戦も効果的であったとは言いがたい。NSXが成功したのは、ヨーロッパには伝わってこない日本でのGT選手権のみというのも寂しい。
NSXはデビューした時にすでにあらゆる面で先進的かつ完成度が高かったせいもあって、タイプRとタイプTが出た以外、7年間ほとんど大きな変更を受けなかった。NSXオーナーたちがクルマの乗り換えを真剣に考え始めたのはエンジンが3.2リッターになり、出力も20馬力アップ、トルクも太くなった1997年のことだ。新しいエンジンとともに新しい6段変速ギアボックスも採用されて、より大きなブレーキとATモデルには標準であったパワーステアリングも選べるようになった。
その後1999年に鈴鹿のNSX fiestaに招待されて行った時に、よりスポーティなタイプSに乗る機会を得た。鈴鹿はサーキットとして私がスパ・フランコルシャンの次に好きなコースだが、たっぷりとコースも、タイプSも、楽しんだことを思い出す。
NSX fiestaは私に新鮮な驚きをもたらしてくれた。会場となった鈴鹿サーキットはNSXオーナーたちの熱気で溢れ、100台以上ものNSXが集まってきていたように思う。それらすべてのNSXが万全のコンディションにあったのもNSXの優秀性を物語っていた。ポルシェ911がヨーロッパでそうであるように、NSXは完全にカルト・カーになったと感じた。さらには、このことひとつをとってもHondaのエンジニアには、NSXをさらに真価させるべく開発を続ける大きなモーティベーションになってしかるべきだとも感じた。
NSXのさらなる進化へのファースト・ステップは、昨年の空力特性を極限まで高めた新しいフロント・エンド、固定式キセノン・ヘッドライト、フロント・リアともに17インチ・ホイールを採用したベースモデルのマイナーチェンジだった。そしてセカンド・ステップが、昨年秋の東京モーターショーに出品された前述3.2リッター・エンジン搭載の新型NSX-Rのプロトタイプで、よりハイスピードでのコーナリングとハイスピードからの制動距離を短くするためのダウン・フォースを稼ぐよう空力をさらに改良させたものだ。外装の違いで最も目に付くのは、大型のリアウィングと、フロントフードに設けられたラジエター冷却風のアウトレットである。動力性能の向上にあわせて、特製レーシング用ブレーキ・パッドを採用しブレーキを強化、インチアップしたフロントホイール、専用開発のタイヤ、セッティングを見直したサスペンションなどタイプRならではの装備だ。
私はつい最近ツインリンクもてぎのロード・コースで、この新型NSX-Rのプロトタイプをドライブする機会を与えられた。ツインリンクもてぎには一度も来たことがなかったので、私は数日前からその日を楽しみに心待ちしていた。サーキットで私を迎えてくれたのは「NSXの父」(S2000の父でもある)であり、友人でもある上原
繁氏であった。
コース上には新型NSX-RのプロトタイプのほかにタイプSと初代NSX-Rなどが用意されていた。私は新型NSX-Rのポテンシャルを最大に引き出すべく、最初はタイプSに乗り数ラップし、今回のテストに使われたショートカット・コースをじっくりと研究した。トリッキーな場所は、ブッシュに隠れたS字カーブの一ヶ所で、それを除けば、コンスタントなRと広いランオフエリアを有する、走りやすいコースであった。したがって正確にアペックスさえとらえれば、決して難しいことはないコースである。
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