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●「夢のスポーツカーライフ」前篇 小林彰太郎

 私にとって夢のまた夢は、毎年4月から10月までの半年ほどを、旧式のスポーツカーとともに英国で過ごすことだ。住むところも、イングランド中部のコッツウォルズ地方ときめている。これには少々説明を要するだろう。
 
 スポーツカーに関する私の原体験は、40年まえの1964年に遡る。この年デビューしたばかりのHonda
S600に試乗した私は、その高い総合性能にすっかり魅了された。最大の驚異はそのエンジンである。低価格量産車なのに、フル・レーシング・ユニット並みのDOHCヘッドと全ロール・ベアリング・クランクを備え、僅か606ccから57PSの高出力を、8500rpmという“天文学的な”高回転で発揮した。当時Car Graphicに書いたテスト・リポートで、私はS600を次のように総括している。「1L級スポーツカー以上の性能、完全な居住性、車で行けるところならどこでも行けるタフなサスペンション、異例にフレキシブルなエンジンなどすべてを総合した場合、この50.9万円のHonda S600はwonderful buy(破格値)と言わねばならない」。
 

S600で欧州をドライブした当時の貴重な写真。独特のスタイリングで、ひとクラス上のスポーツカーを凌駕する走りを見せたS600は、欧州で常に注目を集めたという。
 同じころ、Hondaの創始者本田宗一郎氏は、F1レースに断固撃って出ると発表した。よちよち歩きの赤ん坊が、いきなりオリンピックに挑むような“暴挙”である。その勇気と情熱に深く感動した私は、その夜ベッドのなかで瞬時に決心した。よしっ、S600を買ってヨーロッパへ渡ろう。そしてHonda F1のレース出場を取材し、日本の愛好家にリポートしよう。これは日本のジャーナリストにとって義務ではないか。
 
 そして翌日から即、実行に移った。売れるものすべてを売り払って資金を作ると、S600を購入した。値引きなし、下取りなしのきつい条件だった。こうして家内と私は、1964年の夏、ヨーロッパ8カ国、計1万2000kmを2カ月半にわたり走り回って、英国、ドイツ、イタリア3つのGPレースをカバーしただけにとどまらず、ロータス、MG、ブラバム、ポルシェ、メルセデス・ベンツ、フェラーリなど、名だたるスポーツ/レーシングカー・メーカーを歴訪し、設計者たちにも会う機会を得たのである。あれ以来海外には、仕事と休暇で200回以上行っただろう。だが、このS600による初のヨーロッパ旅行ほど、あらゆる意味で素晴らしい体験は、私の50年に及ぶ長いキャリアにもないのである。
(後篇に続く)


小林彰太郎(こばやし・しょうたろう)
1929年東京生まれ。幼き頃より自動車を熱愛し、学生時代にはすでに自動車専門誌に寄稿をはじめ、自動車ジャーナリストを目指した。1954年以降、それまで日本になかった新車ロードテストの基準を自らつくり出してテストを行い、専門誌で発表を行った。日本の自動車ジャーナリストの草分け的存在。
1962年に理想的な自動車雑誌をめざして『CAR GRAPHIC』を創刊。その年、Honda S600を欧州に持ち込み、2ヵ月あまりで1万2000kmを走破。S600の素晴らしさを欧州に伝えるとともに、HondaのF1初参戦を自らの目で取材し日本に伝えた。
長年のジャーナリスト活動のなかで日本の自動車づくりに多大な影響を与える評価と助言を行い続けているだけでなく、海外の自動車界と幅広い友好関係を保ち、自動車文化の世界的な交流に務めている。1989年まで『CAR GRAPHIC』編集長を務め後進に道をゆずり、現在は編集顧問として、相変わらず世界の新型車を評価し続けている。
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