Enjoy Honda Sports Enjoy Honda Sports TOP Sportscar web TOP Hondaホームページへ Sportscar web TOP
Spirit of Honda SportsEnjoy Honda SportsLet's try! Sportscar DrivingHow to Do! Driving Meeting
Enjoy TOP123
●SPORTS CARS, MY LIFE AND MY DREAMS(後篇) by ポール・フレール 2/3
二輪のHondaが、四輪そしてF1へ
1960年のル・マン24時間レースにフェラーリで優勝してしばらくしてから、私はレーシングドライバーを辞して自動車ジャーナリストとしての仕事に戻っていた。
そしてまさにその頃、日本という国の“Honda”という「二輪メーカー」に関する信じられないニュースが次々と飛び込んできたのを覚えている。最初のニュースは、Hondaが四輪車をつくるというもの。私自身、二輪のライダーとしてレーサーのキャリアを始めていたので、もちろん世界のトップレベルの二輪レースを席巻し、無敵を誇る「世界のHonda」には、常々大きな関心を抱いていた。その「二輪のHonda」が自動車をつくるというのだ。
どんなクルマをつくるのだろう。「二輪の王者」がつくる自動車だからさぞおもしろいものをつくるのではないか、と興味津々でいるところに、今度は自動車さえもまだちゃんとしたもの(失礼)が作れてないだろうという段階にありながら、グランプリが開催できるようなワールドクラスのサーキットを日本につくるという。そしてとどめは、そんなHondaがいきなり、まったく未知のF1グランプリに挑戦するという表明だった。当時、これほどセンセーショナルなニュースはなかった。そして後日、そのHondaと自分がこれほど親交を深めることになろうとは、そのときは夢にも思っていなかったものだ。しかし思えば、昔からHondaは常に私の関心の中の大きな位置を占め続けてきたし、今でもHondaはいい意味で気になるメーカーである。

Hondaの夢、S800の誕生

文句なく素晴らしいHonda S800クーペに、私は真に恋に落ちた(1969年鈴鹿サーキットにて)。
60年代はヨーロッパに日本車が徐々に上陸し始めた時期でもあったが、スポーツカーは入ってこなかった。
ベルギーも同様で、日本製スポーツカーが初めて輸入されたのは、それまでフェラーリのインポーターであったガレージ・フランコルシャンが、Hondaの輸入代理店となり、Honda S800を販売し始めてからであった。もともとHondaがつくるクルマに大きな関心を持っていた私は、ましてや輸入されたクルマが「ミニチュアF1エンジン」を積んだ小型スポーツカーだと聞いて矢も盾もたまらず、ガレージ・フランコルシャンを訪ねていき、ロードスター・タイプのS800を1台借り出した。1967年10月のことである。
優れた性能を発揮する小振りなエンジンはまさに、本田宗一郎、すなわちHondaの夢を実現させたものと言えた。770kg(ガソリン満タン状態で)のクルマを引っ張り、0-100km/h加速は13.2秒で、アルファ・ロメオ1300GTジュニアより0.3秒遅かったが、逆に0-1kmは33.5秒とアルファよりも速かった。
そして往復の平均最高時速は155km/hだった。タイヤとダンパーはまだ改良の余地があったが、シャシーも良く出来ていた。ギアボックスにもステアリングにも満点がついたが、ヘッドライトにだけは少し不満があった。私は試乗記に『世界最高峰のカメラレンズをつくる日本の技術を持ってして、より良いヘッドライトが出来ないわけがない』と書いたのをおぼえている。
ともあれS800は私に好印象を残した。私がS800と真の恋におちたのは、その2年後、日本をはじめて訪ねた時に鈴鹿でクローズド・ボディのハードトップ・モデルを試乗したときである。S800は文句なく素晴らしい、好感の持てる小型スポーツカーであった。
 
ザ・ベスト・リアル・ワールド・スポーツカー、NSX
世のメーカーがこぞってパワー(=馬力)競争に明け暮れているのを、私は苦々しく思っている。オーバーサイズと不必要な装備品で重くなる一方のボディを、パワーを増やすことによって補うのでなく、軽量化によって高性能化をめざすべきだというのが私の変わらぬ信念である。その理想的な例が、ロータス・エリーゼであり、この信条にしたがって、私の愛車CR-Xからは、エアコンも、パワステも、そしてセンターロックも取り外してある。
そのように、マシンを軽くすることに重点を置いたモデルとして、1990年代のライトウェイト・スーパースポーツの最高傑作に挙げられるのが、マクラーレンF1、センター・ステアリングを備えた3シーター・スーパークーペである。まずなによりコンパクト(全長4.29m×全幅1.83m。ほとんどポルシェ911/993のサイズ)でありながら、3人並んで座れるし、適度に荷物も置ける。しかも非常に住み心地も良いうえに、とてつもなく速い。

私が座っているのが、マクラーレンF1のセントラル・ドライバーズシートである(1994年シルバーストーン・サーキットにて)
ガソリンタンクが空の状態で1070kgという車重も理想的で、マクラーレンF1のためにチューンされたBMWの6リッター12気筒エンジンは非常にフレキシブルで好もしい。サーキットでレーシング並みの走りが経験できるモノコックボディとサスペンションが、同時に日常的ドライビングの快適さも兼ね備えているのは、まったく特筆に価する。しかも、「どちらも最高水準」なのだから恐れ入る。問題は価格である。これ1台で他の好もしいスポーツカーが何台も、あるいは何十台も買えるのだから。ともあれマクラーレンF1は私が過去にテストした数多の生産モデルの中でも最も印象に残る1台であった。
生みの親、ゴードン・マーレイはマクラーレンF1の開発にあたって、「ハンドリングはNSXを目標にした」と公言している。そのためにNSXを1台、自分用に買って日常の足として愛用したほどである。
  PF氏追悼ページへ戻る Enjoy TOP123