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●SPORTS CARS, MY LIFE AND MY DREAMS(中篇) by ポール・フレール 2/2
ル・マンのウィナーマシンをテストドライブ
さて、私のレーシング・キャリアに少しばかり触れたところで、再び私が熱き思いを寄せたスポーツカーについて書いていきたいと思う。
1950年代初期、私の夢のスポーツカーといえば、文句なしにメルセデス・ベンツ 300SLであった。1952年、300SLはイタリアの公道レース、ミッレミリアで2位、さらにル・マン24時間耐久レースで1-2フィニッシュを遂げる。ル・マンにレポーターとして訪れていた私は、レースの翌日、知人でもあったメルセデス・チームの監督、ルディ・ウーレンハウトに、このレース用の300SLを2時間ほど公道でテストさせてもらえないだろうかと頼み込むと、ウーレンハウトは喜んで貸してくれた(今ならクビが飛んだであろう!)。
ル・マンのウィナーマシンをテストできる!これまた、私の夢がかなった瞬間であった。私は正確無比なハンドリングと、HWMシングルシーター以外ではこれまで経験したことのない高性能に深い感銘を受けたのだった。
0-160km/hの加速タイムも計測できたが、16秒というタイムは、50年以上前は衝撃的な数字だったのだ。その2年後にデビューした生産型は直噴エンジンを採用したこともあって、ホースパワーも約170PSから約200PSにアップし、レーシングモデル同様の性能を有していた。唯一不満な点はブレーキだったが、そのことを考慮しても300SLはセンセーショナルなクルマだったといえる。
 
スポーツカーファンにはエキサイティングな時代
大戦直後の1940年代後半から50年代は、おもしろいクルマが続々と輩出された、スポーツカーファンにとってはエキサイティングな時代であった。
フェラーリがレースで培ったノウハウを基にスポーツカーの生産を始めたり、その他にもさまざまなスポーツカーが登場してきて、我々を飽きさせなかった。なかでも、さきに触れたジャガーXK120はまさに芸術品、文句の付けようがない美しいクルマだった。ベルギーの高速道路は、当時自動車誌が公道で自動車の性能を計測する「名所」で、XK120はそこでプロダクションモデルとしては新記録となる、往復での平均最高速度214km/hという数字をマークしたという内容を自動車誌で読んで興奮したことを今でも覚えている。
XK120に搭載されていた3.4リッター6気筒ツインカム・エンジンは文字通り名機だった。いくつかの不満な点も、この美しいスポーツカーが2リッターのフェラーリ・バルケッタの3分の1の価格で購入できることを考えれば、充分に許容できた。
 
私の愛車、1990年式のHonda CR-X。購入してから15年以上が経過しても、このクルマに対する愛情はまるで変わらない。
ほかにも英国からはジャガーに勝るとも劣らない魅力を持ったスポーツカーがたくさん入ってきた。その頃、私はイギリスの「Autocar&Motor」誌の取材を手伝っていて、特に性能テストはベルギーの高速道路を使って行われることが多かったので、多くのクルマのステアリングを握ることができた。最も印象に残っているのはアストン・マーティンDB2で、W.O.ベントレーのつくった名機2.6リッター6気筒のラゴンダのエンジンを受け継いだ、美しく、とても先鋭的なクルマであった。また、BMW326のシャシーとBMW328のエンジンとギアボックスを使ってつくられたブリストル400も素晴らしいクルマであった。しかし、価格と性能を比べれば、両車ともXK120には及ばなかったと思う。
そしてまた、MG、トライアンフ、オースティン・ヒーレーといった高い人気を誇る英国製2シーターたちも、ディスクブレーキを備えて続々と戻ってきた。なかでもドライブして最も楽しかったクルマは、トライアンフTR2とTR3だった。シャシーこそ緩めな印象だったが、とても軽く、ギアボックスも優秀で、動力性能にも優れていた。私は田舎道や山道を楽しく走り回れる軽くてコンパクトなクルマが好きで、このスポーツカーに対する好みは生涯を通じて変わっていない。だからこそ、15年以上経っても私の所有するHonda CR-X VTEC DOHCクーペに対する愛情は少しも衰えないし、常に最高のコンディションを保ち、愛用し続けているのだ!ちなみに、Hondaのつくったスポーツカーについては後篇でお話する。
 
私を魅了する小型スポーツカー、ポルシェ911
ポルシェ911S 2.4(1972-73年)。写真は、最初に所有した911である。このクルマも、私を魅了し続けてやまない一台だ。
私は過去に2回、ポルシェ356 を所有したことがあるが、当初はあまり良いクルマとは言えなかった。ハンドリングはプア、エンジンはうるさく、ギアボックスは古臭く、そしてケーブルで操作するドラムブレーキと、どれひとつとってもポルシェの未来は明るいと思わせるものはなかった。しかし、その後のレースやラリー活動で得たノウハウを生産車にフィードバックすることによって、急速かつ長足の進歩を遂げ、50年代後半、ポルシェはもっとも理想的な小型スポーツカーへと変貌する。優れたエンジン・チューニング、絶賛を浴びた自社製ギアボックス、さらにハンドリングも信頼性も飛躍的に向上した。そしてついに、名車911が誕生する。当初から開発に関わったこともあり、また911こそ私にとってふさわしいクルマだと考えた私は、以来911を何世代にもわたって乗り継いでいるが、この進化を続けるRR(リアエンジン&リアドライブ)のクルマもまた、私を魅了し続けてやまない。
後篇に続く
Paul Frere (ポール・フレール)
“世界でもっとも尊敬され、信頼されている自動車ジャーナリスト”。それがポール・フレール氏を語るにふさわしいプロフィールである。それと同時に自動車ジャーナリストの草分け的存在でもある。
フェラーリ・テスタロッサを駆りル・マン24時間レースに優勝し、F1でも好成績をあげた偉大なるドライバーであったことは有名。その経験にもとづく高いスキルと鋭い洞察力、そして尽きることのない好奇心、素晴らしい人間性をあわせ持つ氏の評論は、わかりやすく奥深い。Honda CR-X 1.6 SiRを日常の足として使う。Hondaの走りに対する情熱を高く評価している。
 
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