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●ポール・フレールの「あるベルギー人のHondaエンスージャスト物語」
大のHondaフリークである私の娘婿のルーク・デ・プランス(Luc de Prince)は、Hondaのバイクを乗り継いでいたが、18歳になって自動車免許を取得するやいなや、Hondaディーラーに駆け込んだ。
ヨーロッパには限られた数しか輸入されなかったS600の後継モデル、S800がルークにとってのドリーム・カーだった。そのS800は、後年プライベート・チームを作ってル・マンや耐久レースで活躍するジャック・スワターの経営するディーラー、“ガラージュ・フランコルシャン(Garage Francorchamps)”のショー・ウィンドーにかっこよく飾られており、ルークはいつも羨望の眼差しで見つめていた。

1969年初めて買ったクルマ、N360とともにスペインに向かう若き日のベルギー人Hondaエンスージャアスト、ルーク・デ・プランス。
だが1969年当時、まだ学生であったルークにとって、S800は所詮高嶺の花だった。持っているお金をすべてつぎこんでようやく購入できたのは、中古の赤いN360であった。それでも嬉しくて嬉しくて、買ったばかりの赤いN360に乗って、バカンスにスペインまで旅したという。
彼はこのN360をこよなく愛した。ヨーロッパでは希少なこのモデルのややうるさめの空冷エンジンなど少しも気にならなかったし、シフトダウン時のダブル・クラッチを習得させてくれたノンシンクロメッシュ・ドッグ・クラッチも大のお気に入りだった。
しばらくすると、もう少しパワーが欲しくなり、N600を短期間に2台、続けて買って乗った。N600はヨーロッパ限定仕様のN360の360ccエンジンを600ccにチューンナップしたモデルで、N360よりもはるかに速かった。そして1974年、N600を愛してやまないルークは、N600の生産が終わるというニュースを聞くや、あわてて新車のN600を1台注文したのである。

しかしそのベルギー最後の1台であるN600は、アールスト工場からブリュッセルにデリバリーされてきて積載車から降ろすときに、なんと誤って歩道に墜落し、無残にも壊れてしまったのである。ダメージは修理できないほど大きく、ルークはほとんどあきらめかけたのだが、見るに見かねたHondaディーラーの担当者が他のディーラーに連絡をとってくれた。そうしたところ、幸運にもオランダのHondaディーラーに在庫が1台あったのだ。ディーラーの担当者は、そのN600をすぐにおさえてくれた。
著者ポール・フレールの愛娘であり、ルーク・デ・プランス夫人である、マルティーヌ。2002年友人のS800とともに。
そのクルマのボディー・カラーはくすんだ黄色で、どうも買い手がつかなかったようだ。ルークも本当は赤いN600がほしかったのだが、おそらく残された最後のチャンスだろうと考えて、そのクルマを買うことに決めたのだった。

しばらくそのN600を乗ったあとで、ルークは2台のシビックを乗り継ぐ。そしてそのあとに購入した100馬力3バルブ・エンジンを積んだ1985年式CR-Xを購入。大いに気に入って乗っていたのだが、ある日突然手放さなければならなくなる。というのも私の娘、マルティーヌと出会い、結婚することになったからだ。娘にローレンとフローレンスというティーンエイジの子どもがあったため、ファミリーカーに買い換えることを余儀なくされたのだ。

ルークは迷わずHondaアコードを購入する。しかし大好きだったCR-Xのことを感傷的に思い出していたのもつかの間、長年の憧れとして捜し求めていたS800がついに見つかったのだった。1985年、S800のクーペ(リジット・アクスル・タイプ)を入手した彼は、長年かけて完全なレストアを施した。特にエンジンはパリのエンジン・スペシャリスト、ミシェル・ヴァン・ピーによってリビルトしてもらう念の入れようだった。
このことが引き金となって、ルークはヒストリック・ホンダにのめりこんでいく。フランスのHondaオーナーズ・クラブ会長のフィリップ・ララーヌ氏を初めとする多くの同志の助けもあって、現在彼のコレクションは7台を数えるまでになった。
最終話へ続く

ルーク・デ・プランス(Luc de Prince)
筆者ポール・フレール氏の義理の息子。1950年にベルギーの首都、ブリュッセルに生まれ育つ。1988年にポール・フレール氏の娘と結婚。
2002年完全にレストアされたS800クーペの下で作業するルーク。 ルークのS800を試すポール・フレール。
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フッタ
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