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●F1フランス・グランプリ  ドライバーズ・パレード(後篇)
  F1フランス・グランプリ 
ドライバーズ・パレード(後篇)
F1 ドライバーズ・パレードの打ち合わせのためにHondaブースを訪れた、責任者のジャン=ルイ・ポフさんにも話を伺ってみました。このパレードを手がけるようになったいきさつは、サーキットがあるヌヴェール市の住人であることがきっかけで、1993年にマニクール・サーキット側からオファーされたのが最初だったそうです。数年間、トラックにドライバーたちを乗せてパレードした時期もあったそうですが、観客から不評で、再びクラシックカーが使用されることに。パレードに使うクルマを揃える方法としては、チーム関係のメーカーやクラブなどにコンタクトして探すそうですが、チームによっては相応しいクルマが見つからないことや、古いクルマだけに、パレード直前になってトラブルに見舞われ、右往左往することもあるとか。「F1の世界はミスは許されないからね。しかも、僕自身はパレード・ランには参加できないから、ちょっと悔しい思いもしているよ」と、苦労話も聞かせてくれました。

決勝日の7月14日、12時45分。いよいよ任務の時がやってきました。まず、クラシックカーがスタンド前に整列。各クラシックカーに乗り込んだ運転手たちは、それぞれ持参したカメラで撮影をしたり、遠くで見守る家族や友人たちに手を振ったりと穏やかなムードでした。ところが、そこにF1ドライバーたちが登場すると、84,000人もの大観衆のボルテージは一気に上昇。それと同時に、運転手たちも緊張した面持ちに変化しました。唯一のフランス人ドライバー、モンタニー選手を先頭に、佐藤選手、バリチェロ選手、バトン選手らが続き、パレードがスタートしました。お気に入りチームのTシャツや旗を激しく振る観客たちに向かって、右へ左へと振り向いて手を振るF1ドライバーたち。そして、その華やかな雰囲気のなかをゆっくりと慎重に走行するクラシックカーの運転手たち。場内に設置された巨大スクリーンに、モンタニー選手と共に映し出されたムリーさんの表情に、Hondaブースのバルコニーにいた奥様のトゥルディさんも大喜びでした。
「F1ドライバーの運転手を務めるなんて、まるで夢のようだ」と語ったザナンさん。
地元フランス出身のドライバー、フランク・モンタニー選手を乗せてパレードする、ムリーさん。
パレードが無事終了し、間もなくブースに戻ってきたザナンさんたちは興奮冷めやらぬといった表情でした。早速、大任を終えた感想を聞いてみると、4人とも開口一番、「スーパー!(凄い、素敵!)」と最高の笑顔。まさに感動し切っている、という様子でした。

ザナンさん曰く、「今日は気温がとっても高くて、バリチェロ選手が『クルマの水温が高いけど大丈夫?』って心配そうだった(笑)。走り出したら風もあって、ちょっと落ち着いたけどね。もう雲の上にいるような、夢のような感覚だよ。F1ドライバーの運転手を務めたんだからね。思わず頬をつねりたくなってしまった」。

一方ムリーさんは、「最前列だったし、感動したよ。凄〜く気持ちが良かった。モンタニー選手から帽子とシャツにサインも貰ったんだ」と、満面の笑み。また、販売店から提供されたS800のドライバーを務めたリツレーさんは、「本田宗一郎氏が誇らしげに見守っていてくれた気がするの。彼が言っていた“The Power of Dreams”を体感したわ」と興奮しながら語ってくれました。
ジェンソン・バトン選手をS800の助手席に乗せ、マニクールサーキットを走るヴォティエさん。
ザナンさんの運転でパレードする、ルーベンス・バリチェロ選手。
リツレーさんのS800を代わって運転したのは、彼女の会社の上司でもあるフィリップ・ヴォティエさん。彼はクラシックカーのオーナーで、その運転に慣れているということで、今回、バトン選手のドライバーを務めることになったそうです。「ちょっと緊張しました。時速30kmでゆっくり走行しなければならなかったので、エンストさせないようにね。その一方で、F1と同じサーキットを走っているなんて、 “The Power of Dreams”というのはまさにこれなんだ、と実感しました」と、リツレーさんと同じ感覚に襲われたようです。

1963年、Honda初の普通乗用車として発売されたオープンスポーツカー S500。その僅か5ヵ月後の1964年3月にその発展型であるS600が、1966年1月にS800が登場しました。HondaがF1に初参戦したのは、これらのスポーツカーが生み出されたのと同時期の、1964年のことでした。“The Power of Dreams(夢は私たちを動かす大きな力)”というスピリットで具現化された“S”シリーズ発売と、F1への参入というビックチャレンジ。そんな歴史に思いをはせると、“S”のオーナーたちがパレード中に体感したHondaスピリットのパワーがこちらにも伝わってきたのと同時に、HondaのスポーツカーとF1マシンの共通点を教えてくれた佐藤選手の言葉が真実味を持って思い出されました。

パレードが無事終了した後、このイベントの立役者たるザナンさんら“S”のオーナーたちは、和気あいあいと昼食を取り、F1フランスGPの決勝レースを観戦して、Hondaのエンスージャストならば誰もが憧れるような特別な週末を締めくくりました。
ザナンさん(左)と、ヴォティエさん(右)。“S”オーナーたちは、Hondaのエンスージャストならば誰もが憧れるような週末を過ごしました。
佐藤琢磨選手を乗せたS800のドライバーを務めたリツレーさんは、本田宗一郎の語った“The Power of Dreams”を体感したといいます。

筆者:野口友莉氏
パリ在住ライター。F1やル・マン24時間レースに参加するチームの広報業務を始め、日仏間のコーディネイトや翻訳などモータースポーツの分野に長年従事。1998年渡仏。モロッコの砂漠で開催される女性だけの国際ラリー「ラリー・アイシャ・デ・ガゼル」にドライバー兼ナビゲーターとして参加、完走している。
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