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●ポール・フレールの「Me and Honda」
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Hondaの荒川テストコースで1300“77”に乗るポール・フレール。ストレートからこのベンドへ135km/hで進入する。
 


操向性は強いアンダーから限界で軽いオーバーに変わる、好ましいものだった。ロールはご覧のように大きめだった。
 


この日のおまけは、新しい4気筒750ccモーターサイクル、CB750 FOURに乗れたこと。元ベルギー・モーターサイクル・チャンピオンでもある彼はたちまちこの短い走路を170km/hで飛ばしだした。
初の日本滞在後半のハイライトのひとつが和光にある本田技術研究所への訪問であった。ジャック・ヤマグチこと、山口京一氏とともに訪れた研究所には、私の試乗用に発売されたばかりのホンダ1300と発表されたばかりのCB750FOURが用意されていた。試乗は研究所のそばの荒川河川敷に造られたテストコースで行われた。1キロにも満たない真っ直ぐなコースで、スラロームがいくつか申し訳程度に置かれていたが、性能を真に評価することは不可能だった。
ホンダ1300がご自慢の本田宗一郎氏も、Honda F1プロジェクトの功労者であり、その生涯を通じて私のもっとも大切な友人となった中村良夫氏をともなって、わざわざ見に来られた。
さて、当のホンダ1300であるが、なんとも形容しがたい不思議なクルマであった。シングル・オーバーヘッド・カムシャフトの横置き空冷4気筒エンジンをクランクケースのそばに積まれたギアボックスが前輪を駆動するという仕組みである。特筆すべきはエンジンで、総アルミの4気筒ブロックの外側を、まったく別の薄肉アルミ鋳造のケースですっぽり包み、その壁の間にファンからの冷却空気を流して冷やす。しかも空気だけでは不足する分を油冷に頼るため、ドライサンプ方式を採用していた。別体の巨大なオイルタンクも無数の冷却用フィンを刻んだアルミ鋳造で作ってあり、1300ccパワーユニットというにはあまりにも大きな代物であった。二輪車での成功を基に、不必要に複雑な水冷でなく、ウォータージャケットも、ラジエターも、その中の水もない軽い(理論上は軽くできるはずの)空冷エンジンで新しいクルマをつくるという宗一郎氏の固い信念によって生産化されたホンダ1300。
しかし残念ながら、その論理には、ボアの数値が上がれば必然的に排気量に対するシリンダー表面積の比率も上がるという事実が欠けていた。当然のことながら大きなシリンダーは小さなシリンダーより冷やしにくい。加えて皮肉にも大きく重たくなったエンジンは前輪にとって大きな負担となってしまった。その上、空冷エンジンは音が大きくなるという不可避的な欠点も有する。

一方でその芸術的なエンジンはいかにも性能が卓越していなければ気のすまないHondaらしく、当時の1300ccとしては群を抜いた俊足マシンであった。ノーマル版で95ps、4連キャブのスポーツ仕様なら110psという凄さである。私が試乗したのは95psのノーマル版であったが、そのクラスとしてはとてつもなく速いクルマであった。だが残念なことに、狭いトレッドととてつもなく重いエンジンのせいでハンドリング性能が大きく損なわれていた。
正直に告白すれば、私はホンダ1300よりもCB750 FOURの試乗のほうが数倍楽しかった。このデビュー間もないホンダ初のロードゴーイング4気筒スーパーバイクに、おそらくヨーロッパのジャーナリストとしては私が初めて乗ったに違いない。所有していた単気筒AJS500を処分して以来、かれこれ15年くらいバイクにまたがっていなかったが、それでもCB750 FOURの卓越した性能とスムーズさには感激した。以来、この世界でも最高峰のバイクは開発と改良を受けながら今日でも高い人気を得ている。
四輪に話を戻すなら、再びHondaのつくったクルマに関して語るには、この3年後にデビューし、世界の自動車界に衝撃をもたらした不世出の名車、シビックの登場を待たなければならない。 (第5回に続く)
(写真提供 カーグラフィック)
 
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