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●ポール・フレールの「Me and Honda」
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第1回「What is Honda? -1 - 私とHondaとの出会い-」

私がHondaと出会ってからはや半世紀近くになる。多くのHondaマンとも公私にわたって親しくつきあってきた。本田宗一郎氏、中村良夫氏、川本信彦氏、木澤博司氏、上原繁氏、そして他にも数え切れないほどのHondaマンと一緒に仕事をし、つきあってきたが、彼らは例外なく自動車を愛し、仕事を誇りに思い、情熱と高い志を持つ好漢であった。
その熱意と志は彼らが世に送った数多くの製品となって世界の人々を、そして私を魅了し続ける。振り返ってみれば50年近くHondaと関わってきたが、そのひとつひとつの思い出が喜びに満ちたものであったように思う。それらを楽しく回想しつつ、その一部をご紹介しようと思う。




最初の二輪レース。1947年ブラッセルGPに友人のトライアンフ・スピードツインで出て、標準型500ccクラスに勝った。
 

1949年ランボレレ・トライアル。プフで250ccクラス1位。
 

1948年に125ccフライング・マイル世界記録をプフで破った。しかしそれは2週間しかもたなかった。
私を知る多くの人は、私が50年代から60年代の初めにかけて、スクーデリア・フェラーリ(フェラーリ・レーシングチーム)を筆頭にジャガー、ゴルディーニ、アストン・マーティン、ポルシェといったチームで、F1とスポーツカー・レースで活躍、比較的恵まれた成績を収めたドライバーとして記憶していると思う。しかし私がフォア(4人乗りボート競技)のメンバー(漕ぎ手)としても活躍していたことを知る人は少ないに違いない。事実1947年にはベルギー代表としてヨーロッパ選手権に出場したこともある。
そのフォアのクルー・メンバーに熱心なモーターサイクリストがいた。彼の影響を受けてやがて私もバイクに深くのめり込むようになる。彼から戦前のイギリスのバイク雑誌を借り受けてはむさぼり読み、知識を貯え、バイクレースの歴史や背景にも詳しくなっていった。その後の10年間ほどは文字どおりバイクに熱中し続ける。各地で行われるモトクロスやスピードトライアルにもDKWで出場したりしていた。他の熱心なバイクファンとともにはるばるマン島にまで、危険なことで名高いTT(ツーリスト・トロフィー)レースを観に行ったのもこの頃のことである。
イギリス製のトライアンフ、ノートン、マッチレス、AJS、BSA、イタリア製のモトグッチ、ジレラ、MVアグスタというところが当時の世界トップクラスのバイクであった。ところがある日突然「Honda」という耳慣れない名前のバイクが重要なバイクレースの結果表をにぎわし始めた。
まず初めは125ccと250ccのクラスで、そしてまもなくバイクの世界の勢力地図は一変する日が訪れる。なんと欧州バイクレース参加1年後にはHondaが各地のレースで勝ち始めたのだ。そのインパクトは非常に大きく、私は強い関心をもって見守っていた。そうこうするうちにベルギーにHondaバイクの輸入代理店がオープンした。元レーサーだったその輸入代理店のオーナーは私にHondaのバイクを1台試乗させてくれた。並列2気筒の350ccだったように記憶しているが、私はそのエンジンのスムーズさに目をみはった。これが私とHondaとの最初の出会いである。
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