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●ポール・フレールの「Me and Honda」
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はじめに

“世界でもっとも尊敬され、信頼されている自動車ジャーナリスト”。それがポール・フレール氏を語るにふさわしいプロフィールである。それと同時に自動車ジャーナリストの草分け的存在でもある。
フェラーリでル・マン24時間レースに優勝し、F1でも好成績をあげた偉大なるドライバーであったことは有名。その経験にもとづく高いスキルと鋭い洞察力、そして尽きることのない好奇心、素晴らしい人間性をあわせ持つ氏の評論は、わかりやすく奥深い。

日本との親交も厚い。1969年に自動車専門誌カーグラフィック誌の招きで日本を訪れ、以後ほぼ毎年日本に足を運んでおられる。ポール・フレール氏は、当時Honda1300を開発したばかりの本田宗一郎、F1の開発に携わった中村良夫と出会い、生涯にわたる大切な友人として親交を続けた。また、前Honda社長の川本信彦、N360やシビック、アコードを開発した木澤博司、NSXやS2000、インテグラ タイプRを開発した上原繁といったHondaマンとも、ジャーナリストとしての関わり以上に自動車を愛する友人としての関係を築いている。
NSXの歴史のなかでは、開発課程において重要な評価者としての役割を果たしただけでなく、ジャーナリストとしてNSXの素晴らしさを世界に伝え、またNSXオーナーの年に一度の祭典であるNSX fiestaにも参加した経験がある。会場となった鈴鹿サーキットでNSXオーナーとともに大いにNSXの走りとスポーツカー談義を楽しまれた。さらには、自らの愛車としてポルシェ911/993を所有する一方で、CR-Xの走りの楽しさに魅了され、長期テストとして4台乗り継いだだけでなく、1990年のVTEC仕様車はマイカーとして現在も愛用されている。
つまりポール・フレール氏は、およそ半世紀にわたり、Hondaと深く関わってこられたのだ。“世界でもっとも尊敬され、信頼されている自動車ジャーナリスト”とHonda。その思い出を綴ることは、きわめて重要な記録となる以上に、海を超えて自動車を愛し続けた人と人の思いを綴る貴重な読み物となるだろう。おそらくは、世代を超えて読み継がれるのではないだろうか。

SPORTS CAR Webが、このような原稿の編集にたずさわれたことは、幸運というしかない。氏を日本に招き、今回の原稿の依頼と翻訳の労を取っていただいたカーグラフィック誌の方々、そしてはじめての訪日のときから、氏と日本の自動車メーカーとの親交を支え、数え切れないほど日本車を紹介し、日本の文化までをも紹介したポール・フレール氏の深い友人であるカーグラフィック誌編集顧問の小林彰太郎氏に深く感謝いたします。「ポール・フレールのMe and Honda」、およそ1ヵ月に1本を予定していますが、今後の掲載スケジュールは細かく決めておりません。すべては氏の心におまかせして…。では、じっくりとお楽しみください。
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フッタ
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