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Honda
S2000は純粋にエンスージアストのためのモデルで、多分メルセデスSLKや世にはびこる他の実用的で乗り心地の良い、安楽なスポーツカーを買う層には嫌われる類のクルマであろう。単純に彼らには、類稀なるギアボックスを操り、これまた類稀なるエンジンを心ゆくまで回し、エンスージアストにとっては耳に心地よいミュージックであるエンジンの音を楽しみながらワインディング・ロードでこのクルマをドライブする喜びが理解できないのだ。真の意味でS2000の価値がわかる人にとっては、小物入れなどたいした問題ではなく、きっとエキストラ・ウエイトとなる電動ソフトトップでさえ要らないという人も多いに違いない。そう、S2000は真にエンスージアストのためのクルマだ。
さて、私のHonda回想記も今回で終わりである。私自身このシリーズは本当に楽しんだ。それは執筆の過程で思い出すHondaの人々との楽しい思いでもさることながら、文章に登場した数々のHonda車の持つ魅力のせいでもあるに違いない。Honda車はいつも私をワクワクさせるし、これからもそうあってほしい。多くの方が私の回想記を楽しんでくださったと信じたいし、願わくば、私の回想記がこれからもHondaのウェブサイト上のどこか隅に掲載されていて、Honda車を愛する方々に折に触れて読んでもらえるなら、これにまさる喜びはない。
<完>
(2003年7月モナコにて)
(写真提供 カーグラフィック)
ポール・フレール氏
“世界でもっとも尊敬され、信頼されている自動車ジャーナリスト”。それがポール・フレール氏を語るにふさわしいプロフィールである。それと同時に自動車ジャーナリストの草分け的存在でもある。
フェラーリでル・マン24時間レースに優勝し、F1でも好成績をあげた偉大なるドライバーであったことは有名。その経験にもとづく高いスキルと鋭い洞察力、そして尽きることのない好奇心、素晴らしい人間性をあわせ持つ氏の評論は、わかりやすく奥深い。
鈴木久雄
1967年、本田技研和光研究所に入社。1992年米国研究所を経て1996年欧州研究所へ。現在、欧州研究所のトップとして、ヨーロッパ市場におけるさまざまな車種開発の陣頭指揮をとっている。NSXの開発ではニュルブルクリンクでのテストプロジェクトを推進しHondaの『走り味』を確立してきた。
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