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この赤いヤッケは、1999年に鈴鹿で行われたNSXオーナーのミーティング「NSXフィエスタ」でプレゼントされたもので、S2000の試乗にあわせて、コーディネートしてきたもの。氏のその心遣いや人柄が多くの人を魅了する。 |
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トスカーナの丘にたたずむS2000。 |
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S2000がロードカーであるがゆえに、GSと呼ばれていたプロトタイプのテストドライブはあえてニュルブルクリンク・サーキットでは行われず、Hondaのスタッフによって慎重に選び抜かれたドイツの公道で行われた。
事実それはクルマの長所と短所がよくわかるテストに適したコース設定だった。好運にも私の手元にはその時とったメモが残っているが、たとえそれらのメモを見なくてもGSのことは鮮明に覚えている。
搭載されていたVTECエンジンはすでに充分パワフルだったが、その時点では目標の240馬力(海外向けS2000は最高出力が240馬力に設定されている)までに到達するにはまだ程遠いと教えられた。エンジンはパワフルな反面、音がひどく大きいうえに、4300回転から5500回転の間に生じる顕著なフラット・スポットによって中速域のトルクが損なわれていた。もしや、ますます厳しくなるヨーロッパならびにドイツの排ガス規制をにらんでのことだろうか?果たして残された時間内に1リッターあたり120馬力という目標は達成されるのだろうかと心配になったのを覚えている。
ハンドリングは大変満足のいくレベルまで仕上げられていたし、乗り心地も充分快適だった。テストしたプロトタイプの最も優れていた点は、信じられないくらい高いボディ剛性で、私のメモには「クローズドカーに匹敵する」と書かれてある。そして何よりも私が気に入ったのがギアボックスで、メモには「素晴らしい。このままで、もうこれ以上いじらないで!」と興奮気味に記してあった。
最終型プロトタイプを試乗したのは1998年の暮れだった。エンジンこそまだ目標の240馬力に到達していなかったものの、中速域でのフラット・スポットは消えてなくなっていたし、電動式パワーステアリングも驚くほど向上していた。ボディも多くの改良を受けて、より実用的で、見た目もずいぶん良くなっていた。一番大きな違いはテールが長くなった分、クルマ全体のプロポーションもよくなった上に、ラゲッジスペースも広くなっていたことだ。ドライビング・ポジションも調整されて頭の位置も低くなっていた。一方で依然コックピット内に物を収納するボックスやポケットが少ないことが気になった。
しかし何よりも強い印象として残っているのは、本田技術研究所の開発の早さだ。初期型プロトタイプに乗ってから最終型プロトタイプに乗るまでのたった18ヶ月の間にS2000開発陣が成し遂げた進歩の数々には深い感銘を受けた。
生産型にもデビュー直後に乗った。電動パワーステアリングはフィールが充分でインフォメーションが確かな上に、操作が軽くてとても扱いやすかった。ハンドリングは限りなくニュートラルに近く、かつスロットルを閉じれば即座にタックインする、まさに私好みのセッティングだった。きわめつけは前述のギアボックスで、まるで夢のようにいい!動きが非常にクイックでストロークがごくごく短く、これはもう、ほとんどレーシングカーのそれといっても過言ではない。おそらく私がかつて経験したベストのうちのひとつに数え上げられるだろう。 |
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