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| ●ポール・フレールの「Me and Honda」 |
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Hondaが本格的高性能スポーツカーNSXの開発を決定した時、当然いつもの「一気に頂点を目指す」Hondaらしく、彼らの設定したゴールは非常にむずかしく、そしてそのゴールに向かう彼らの姿は真剣そのものであった。彼らが創ろうとするクルマはフェラーリやポルシェよりも優れていて、コーヴェットやマツダRX-7のように多くの人が楽しめることのできる価格帯のクルマでなければならなかった。 Hondaの初期段階でのステップのひとつは、ドイツのニュルブルクにあるサーキットNordschleife(Northern Loopという意味。通称:ニュルブルクリンク)から5〜6キロしか離れていないところに開発基地たるワークショップをつくることにあった。 フォーミュラ・ワン・レースを行うには危険すぎるという理由で、全長を22.8キロから21キロに短縮されたものの、ニュルブルクリンクはハンドリングや構造的な剛性、そして動力性能を試すには世界一のテスト・トラックとして名高く、世界中の自動車およびタイヤ・メーカー、サスペンション・スペシャリストに広く用いられている。 Hondaは新型スポーツカー開発のための絶好の基地を得たことにより、プロトタイプの弱点を見つけることが出来るようになったのだ。スプリングやショックアブソーバーを交換するなどサスペンション・セッティングを改良しながらハンドリングをベストにチューンしては、「リンク」に戻って試すことを繰り返した。その一方、ワークショップで手に負えない改良は、フランクフルトの近くにあるオッフェンバッハのHonda R&D、もしくは日本に送り返されて行われた。 NSXは1989年3月のジュネーブショーでヨーロッパ向けに初公開されたが、ニュルブルクリンクでのテストは、開発責任者である上原 繁氏が完全に納得がいくまで繰り返され、NSXが生産化にこぎつけたのは一般公開されてから1年以上もあとのことだった。 私のHonda側窓口であった木澤さんが、私もNSXのテストに招待してくれた。オール・アルミ・モノコック・ボディ・シェルに、オール・アルミ・サスペンション・コンポーネント、3リッターV6 VTECエンジンが組み合わさった、日本初のスーパースポーツNSXは、それまでのロードカーの常識を完全に塗り替えるセンセーショナルなクルマだった。 Hondaが初めて作ったスーパースポーツカーがこれほど画期的だとは想像もできなかった。それはひとつの革命で、テストの後、私はNSXが今までにドライブした中で最も優れたロードゴーイング・スポーツカーであると確信するにいたった。当時のどのフェラーリやポルシェよりも優れていたし、美しいスタイリングと赤いボディを見て、私は思わず「今まで作られた中でベストのロードゴーイング・フェラーリ」であると評したが、その後1983年にF1チャンピオンを獲得したブラバムBMWをデザインしたかのゴードン・マーレイが、プライベートカーとしてNSXを購入、のちにマクラーレンF1ロードカーを作る時に、大いに参考としたという事実を聞いて、まさに我が意を得たりと誇らしく思ったことを覚えている。ポルシェの開発陣が研究用に買ったNSXを試して、ハンドリングの素晴らしさと高回転型VTECエンジンのパワーに感銘を受けたという話も聞いている。 |
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