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●「Sの系譜」S600旅行記 小林彰太郎 Vol.1
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カーグラフィックを創刊した氏が、発売したてのS600を購入し
HondaのF1デビューを自らの目で見る取材旅行に出たことは有名な話である。
ここに記した「Sの系譜」は、氏の取材旅行体験を交えつつ
S2000発売を記念して発刊され完売した「HONDA S2000(AXIS刊)」のために
寄せた原稿。「S」の血統を引くオープンスポーツがHondaに戻ってきた
ことを賞賛するものだ。希少な本以外にもう見ることのできない
小林彰太郎氏書き下ろし原稿を2回にわたってご紹介します。

1964年5月、発売されたばかりのHonda S600オープン2シーターを購入した。 当時筆者はフリーランスのジャーナリストで、 同志2人と理想的な自動車雑誌を目指してCar Graphicを創刊、 苦難に満ちた最初の2年をなんとか切り抜けたばかりのころである。 価格は50.9万円、その高性能からすれば非常にリーズナブルであった。 しかし下取りなし、値引き一切なしで、これは若いジャーナリストの懐にはかなり厳しかった。 だがこの小粒のようなHondaスポーツには、この車以外では決して求め得ない、 特別な魅力があった。実をいえば、このときまで筆者は日本車を買ったことがなかった。 どれも大枚をはたいて買うに値しないと思っていたから、 日常の足には用途と懐具合に合った中古のヨーロッパ小型車ばかりを乗り継いでいた。

S600を買った当時は、1958年MG−ZBマグネット・サルーンを愛用していたと思う。 これより1年近くまえの1963年8月、Hondaはごく少数の雑誌記者を、 荒川の河川敷にあった原始的なテストコースに呼び集め、発売まえのS500に試乗させた。 この試乗会は、筆者にとって何から何まで新鮮な驚きだった。 メーカーが自社のテストコースにジャーナリストを招き、発表まえの新車に 乗せるなどということ自体、当時の自動車業界ではタブーだったのだ。 もしかしたら、この種のイベントとして、業界ではこれが初めてではなかったろうか。 本田宗一郎社長と親しく言葉を交わしたのも、このときが初めてだった。 大会社の社長だというのに、エンジニアやメカニックとまったく同じ、 油染みひとつない真っ白な作業服を着ておられたのも型破りだったが、 さらに大きな驚きは、自らS500のハンドルを握り、活発な走りを披露されたことだった。 そして絶えず周囲の誰かれに冗談を飛ばすいっぽう、われわれの素人くさい質問には、 いちいち真剣に、わかりやすい言葉で説明してくださった。

S600にもたれるようにたたずむ小林彰太郎氏。

小林彰太郎 プロフィール
日本を代表するモータージャーナリスト。
'62年、2人の同志と共にCar Graphicを創刊し、'89年まで同誌編集長を務めた。現在編集顧問。自動車に関する著書、訳本多数。

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