WTCCドライバー 道上龍選手に聞くWTCCシビックの走らせ方、
世界の「FF使い」との戦い方

FF車のポテンシャルを極限まで引き出し、自在に操るドライバーを、人々は畏敬の念も込めて「FF使い」と呼びます。そんな「FF使い」が世界から集い、ハイレベルな戦いが毎戦繰り広げられているのが、FIA 世界ツーリングカー選手権「WTCC」。
Hondaは2012年からシビックをベースとしたマシンで参戦しています。このWTCCシビック、乗るとどうなんでしょうか。ドライバーはどのように走らせているのでしょうか。日本人初のワークスフル参戦ドライバー、道上龍選手に聞きました。

答える人

道上龍
1995年から全日本GT選手権(現SUPER GT)に参戦するベテランドライバー。2017年から、日本人初のFIA 世界ツーリングカー選手権(WTCC)ワークスフル参戦ドライバーとして世界を転戦しています。

世界最高峰の「FFレーシングカー」の走らせ方

──道上選手がWTCCフル参戦に至った経緯は?

そもそものきっかけはバルセロナで行われたテストでした。当初はシビック TYPE Rの開発のためだと聞いていたんです。「最新のFFレーシングカーから市販車へ、何かフィードバックができないかを探りたい。一度乗ってみないか」というお誘いをいただいたので、出かけていってWTCCシビックのステアリングを握りました。
初めてのコース、初めてのマシンでどこまでできるかは未知数でしたが、走りながら自分なりに理解を進めて、タイムもそこそこのものをマークしたところで、当時の開発責任者が「このタイムならレースに出られるね」と……。
まさかWTCCのフル参戦につながるとは思っていなかったので、自分でも驚きました。

──このオファーは、「FF使い」としての経験を買われて?

自分では皆さんから言われるほど「FF使い」「FF乗り」というイメージは持っていないんですけどね(笑)。
たしかに同じFFレーシングカーということで、キャリアの初期に乗ったJTCCアコードの経験は役に立ちました。クルマのことを理解していく上での比較対象になりますからね。

──JTCCアコードでの活躍は印象的です。どんなクルマだったんでしょうか。

よく言われていることなのでご存知の方も多いかもしれませんが、あれは、外見こそアコードながら、中身はほとんどフォーミュラカーのようなクルマでした。
ドライバーの着座位置から独特で、シートは通常のクルマで言うところの運転席と助手席の真ん中あたり、前後方向もめいっぱい後ろに下げられていました。エンジンの搭載位置も大きく変わっていたはずです。重量配分からして通常のFF車とは全く異なっていたんですね。だからこそ、それまでF3に乗っていた僕が、フォーミュラとほとんど同じドライビングスタイルで乗りこなせたんだと思います。

JTCCアコード。エンジンはH22型をベースとした2.0L NA。

──それに対してWTCCは?

良くも悪くも、もっと「FFであること」「市販車ベースであること」を強く意識させられるクルマだと思います。もちろんレーシングカーとして様々なモディファイはされていますが、基本的なパッケージングはシビックを踏襲していますね。
その上で、パワーに関してはWTCCの圧勝です。JTCCは2.0LのNAで300PS程度だったのに対し、WTCCは1.6Lの直噴ターボエンジンで380PS以上出ていますし、エンジンにも毎回アップデートがあって、随時パワーアップしていっていますから。
これだけのパワーがありながら、タイヤは全車共通スペックのワンメイクタイヤで、グリップもほどほど……といったところなので、ギャップを越えながら加速するようなシーンでは、アクセル操作にかなり気を配らないと、前輪が空転してしまって前に進まなくなってしまいます。
けっこうじゃじゃ馬ですね。

Honda Civic WTCC。エンジンはFIAのスーパー2000規定に則った1.6L直噴ターボ「GRE(グローバル・レース・エンジン)」。
※研究開発用車両です。

──コーナリングはどうなんでしょうか。

「曲げる」ために、かなり独特のセッティングをしています。
クルマを横から見てみましょうか。フロントが低くて、リアがものすごく上がっているのがわかりますか?

──かなり前下がりになっていますね。リアタイヤとホイールハウスの間隔が大きく開いていて……

正直あまりスタイリッシュではないですね(笑)。
フロントを下げるのは、スプリッター(チンスポイラー)をできるだけ地面に近い状態にしてダウンフォースを強く発生させるため。リアを上げるのはフロントに荷重を載せるためですね。前下がりにするのはセッティングのセオリーといえばセオリーですが、ここまで極端にやる例は他にあまりないと思います。

──SUPER GTなどではあまり見ない佇まいです。

SUPER GTだと、やはり後輪駆動でリアが流れる傾向にあるので、リアの車高は控えめにしてありますね。
リアサスペンションは、リバウンドストロークを少なくして、リアのイン側を浮かせて三輪でコーナリングするようなセッティングになっています。コーナリング中にリアタイヤをできるだけ「粘らない」ようにすることで回頭性を上げるんですね。
他にも、リアタイヤのトー角は、普通ならトーインにして安定性を確保するところですが、これがトーアウトになっていたりもします。

──かなり独特の操作感を持ったクルマというわけですね。

レースは終盤になるほど、タイヤの摩耗によってアンダーステアが出やすくなります。こうやって前もって積極的にオーバーステア方向のセッティングをしておくことで、それに備えるというようなセットアップをしているんです。

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