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Honda陸上部
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チーム名称 Honda陸上競技部
企業名 本田技研工業株式会社
所在地 〒350-1392 埼玉県狭山市新狭山1-10-1
1971〜1980|  |1981〜1990 1991〜2000 2001〜2004 2005〜2006
年 月 内 容
1971
創 部
昭和46年10月 福岡豊則監督以下、選手23名でスタート。
1975
   
昭和50年 日本選手権(国立)、棒高跳で高根沢威夫選手が優勝。
1976
   
昭和51年 日本選手権(国立)、棒高跳で高根沢威夫選手が2年連続優勝。
昭和51年10月 モントリオール五輪(カナダ)、棒高跳に高根沢威夫選手が出場、第8位入賞。
1977
   
昭和52年9月 ワールドカップ陸上(西ドイツ)、棒高跳で高根沢威夫選手が出場、第5位入賞。
1978
   
昭和53年5月 東日本実業団対抗陸上で、初の団体優勝を果たす。
1980
 
昭和55年11月 東日本実業団対抗駅伝で、初の3位入賞。
全日本実業団対抗駅伝、初の出場権を獲得。
昭和55年12月 全日本実業団対抗駅伝(伊勢)に初出場で第12位となる。
また、2区で、翁 昭男選手が区間賞を獲得。
1985
   
昭和60年10月 アジア陸上競技選手権(インドネシア)、5000mで浦田春生選手が、2位(銀メダル)を獲得。
1986
   
昭和61年2月 台北国際マラソン(台湾)で、翁 昭男選手が初マラソン初優勝。
昭和61年5月 東京国際陸上(国立)、1500mで大志田秀次選手が3分42秒42の好記録で優勝。
昭和61年10月 ソウル・アジア大会(韓国)、1500mで大志田秀次選手が優勝、
金メダルを獲得。アジアの頂点に。
1987
   
昭和62年2月 台北国際マラソン(台湾)で、翁 昭男選手が自己最高記録で2年連続優勝。
1988
   
昭和63年2月 台北国際マラソン(台湾)で、翁 昭男選手が3連覇を達成。
昭和63年6月 日本選手権(国立)の5000m、10000mの両種目で浦田春生選手が優勝。また、同大会800mでは、荒田祥利選手が3位入賞。
昭和63年7月 ラベンダ国際陸上(フィンランド)10000mで、浦田春生選手が優勝する。
1989
   
平成元年3月 立川ハーフマラソン(立川市)において、浦田春生選手が日本最高記録1時間02分23秒を樹立し、優勝。
平成元年6月 日本選手権(国立)の5000m、10000mの両種目で浦田春生選手が2年連続2種目優勝の快挙。
また、同大会800mで、荒田祥利選手が2年連続3位入賞。
平成元年9月 バルセロナ・ワールドカップ陸上(スペイン)、10000mにアジア地区代表として出場した浦田春生選手が28分08秒32の自己新記録で4位入賞。
1990
 
平成2年9月 北京アジア大会(中国)の800m、1500mの両種目で荒田祥利選手が6位入賞。
平成2年12月 国際千葉駅伝(千葉)に浦田春生選手が日本代表チームの主将として出場、日本の初優勝に大きく貢献。
1991
   
平成3年3月 世界クロスカントリー選手権大会(ベルギー)に大沢陽祐選手が出場(ロングの部・69位)。
  信毎マラソン(長野)で村上亨史選手が、2時間16分36秒の記録で優勝。
平成3年7月 国際陸連グランプリ・ビスレットゲームス(ノルウエー・オスロ)の10000mで浦田春生選手が27分58秒72の当時日本歴代10位の好記録をマーク。
    南部記念陸上(札幌)、5000mで、浦田春生選手が優勝。
世界陸上競技選手権(東京)の日本代表選手に選出される。
平成3年8月 世界陸上競技選手権大会(東京)、10000mに日本代表として浦田春生選手が出場。予選を突破し、決勝では第11位に入る。
1992
   
平成4年2月 熊日30kmロードレース大会(熊本)で大沢陽祐選手が1時間30分25秒の好記録で優勝。
平成4年3月 全日本実業団ハーフマラソン(山口)で鈴木尚人選手が1時間02分18秒の日本最高記録を樹立。
平成4年6月 日本選手権兼バルセロナ五輪最終選考会(国立)、10000mで、
浦田春生選手が4位入賞(日本人2位)。同五輪(スペイン)の10000m日本代表選手に選出される。
平成4年7月 国際陸連グランプリ・ロンドンゲームス(イギリス)、5000mで大沢陽祐選手が当時日本歴代8位となる13分28秒21の好記録をマーク。
  バルセロナ五輪(スペイン)、10000mに日本代表選手として出場した浦田春生選手は予選を突破し、決勝では第14位に入る。
平成4年10月 全日本男子選抜陸上(国立)の5000mで大沢陽祐選手が優勝。平成4年度の日本グランプリ種目別優勝を果たす。
平成4年11月 東日本実業団対抗駅伝(印西)で、初優勝を果たす。
1993
 
平成5年5月 東アジア競技大会(中国・上海)に荒田祥利選手と大沢陽祐選手が出場。800mで、荒田選手が5位入賞。5000mで大沢陽祐選手が優勝、金メダルを獲得。
平成5年11月 東日本実業団対抗駅伝(印西)で、2年連続2度目の優勝を飾る。
1994
   
平成6年2月 東京国際マラソン(東京)において、鈴木尚人選手が初マラソンで2時間13分27秒の好記録で8位入賞。新人賞を獲得。
1995
   
平成7年1月 東京シティハーフマラソンで、浦田春生選手が1時間00分49秒の当時、アジア最高記録及び、日本最高記録を樹立。また、同レースで横田芳則選手も1時間01分39秒の当時、日本歴代4位の記録をマーク。
平成7年2月 東京国際マラソンで、伊東広幸選手が2時間11分51秒のHonda新記録で8位に入賞。
1999
   
平成11年4月 全国中・長距離熊本選抜陸上(熊本)、5000mで野田道胤選手が13分49秒25の自己新記録で優勝。
2000
   
平成12年7月 国際大会ナイト・オブ・アスレチックス(ベルギー)、5000mで池谷寛之選手が、当時の日本歴代7位、Honda新記録となる13分25秒72の記録を樹立。
2001
 
平成13年6月 日本選手権(国立)、5000mで野田道胤選手が13分44秒84の記録で2位入賞(日本人1位)を果たす。
2002
   
平成14年1月 全日本実業団対抗駅伝(前橋)で、8位入賞。
2区エース区間・で早田俊幸選手の13人抜き。
平成14年4月 灰塚吉秋氏が監督に就任。
平成14年7月 札幌国際ハーフマラソンにおいて、同種目初挑戦のサムエル・カビル選手が大会新記録となる1時間01分11秒の好記録で優勝。
平成14年8月 十和田八幡平駅伝(青森〜秋田)において、17年ぶり2度目の優勝。2区野田道胤選手が区間賞。5区サムエル・カビル選手は区間賞・区間新記録。
平成14年9月 全日本実業団対抗陸上(福島)、10000mでサムエル・カビル選手が優勝。
2003
   
平成15年1月 19年連続20回目の出場の全日本実業団対抗駅伝で8位入賞。
平成15年3月 ロサンゼルス・マラソン(アメリカ)において、マラソン初挑戦の堀口貴史選手が2時間12分06秒の好タイムで5位入賞。
平成15年12月 福岡国際マラソンで、野田道胤選手が、9位ながら、Honda勢としては、初のサブテンとなる2時間09分58秒のHonda新記録をマーク。
2004
   
平成16年1月 全日本実業団対抗駅伝で、第6位入賞。
平成16年8月 十和田八幡平駅伝(青森〜秋田)において、独走、大会新記録で2年ぶり3度目の優勝。1区・藤原正和選手が区間賞。3区・テスファイ・ギルマ選手が区間賞、区間新記録をマーク。
2005
   
平成17年1月 全日本実業団対抗駅伝で5位入賞。第7区(15.7km)で堀口貴史選手が区間賞獲得。
  朝日駅伝(福岡)で2位入賞。
平成17年2月 東京国際マラソンで堀口貴史選手が7位入賞(記録は2時間16分08秒)。
2006
   
平成18年1月 全日本実業団対抗駅伝でチーム新記録となるタイム(4時間47分47秒)で5位入賞。
2007
   
平成19年1月 全日本実業団駅伝第4区(10.5km)で秋山羊一郎選手が区間新記録で区間賞を獲得。
  朝日駅伝(福岡)でチーム新記録となるタイム(4時間49分16秒)で2位入賞。
平成19年6月 明本樹昌氏が監督に就任。
1971〜1980|  |1981〜1990 1991〜2000 2001〜2004