OCEAN MASTER STORY

世界のプロが選んだHonda

世界で活躍するHonda船外機の
知られざるストーリー

2018.06.20
名匠一族の新たなる挑戦 18

網船、進水
春の大横川で試走。

佐野龍太郎社長が艪(ろ)で押す網船。戸立(とだて=艫・とも)から水中まで伸びる長い艪が印象的な網船と、BF225を搭載したサノ25ランナバウト。埼玉県飯能産の檜と杉で建造された和船と、ホンジュラス産マホガニーで建造された洋船の併走は華やかで、花見客から注目を集めた。サノ25ランナバウトのステアリングは佐野龍也氏(立位)が握った。

今年3月に横浜で開催された「ジャパンインターナショナルボートショー2018」のHondaブースでお披露目を終えた網船は、4月上旬、発注元である埼玉県草加市へ納艇された。

それに先立ち、シェイクダウンを兼ねた試走が、(有)佐野造船所の佐野龍太郎社長の操船で行われた。場所は江東区潮見にある佐野造船所のお膝元、大横川。ソメイヨシノが満開の中での試走となり、伴奏艇としてサノ25ランナバウトが使われた。埼玉県飯能産の檜材と杉材で建造された和船(BF20搭載)と、ホンジュラス産のマホガニーで建造された洋船(BF225搭載)の華やかな併走は、桜見物に遊歩道を歩く人々の注目を集めた。

ソメイヨシノが満開となった大横川を行く。
大横川にある江東区の桟橋付近をHonda船外機BF20で機走する。

網船の諸元は、全長9.7m、全幅2.2m、全深(船体中央部)0.89m、吃水0.3m。乗り合い観光船として使われるということもあり、江戸時代から引き継ぐ諸元のうち、全長・全深・吃水はそのままに、全幅を40㎝広くした。そのためもあって、大横川に浮かぶ佐野造船所が近年建造した2艇の姉妹艇(ゆりかもめ=1996年建造・みやこどり=2012年建造)より、ひと回り大きく見える。

今回の網船はすでにご紹介したとおり、江戸時代から続く伝統工法「銅釘の尾返し」などを駆使しており、その建造方法は大変価値のあるものである。以前の記事には書いていることだが使われた銅釘は実に600本に達している。残念なことに銅釘は需要が少なく、製作する職人はいなくなってしまった。そのため今回使われた銅釘は、すべて佐野造船所の手造りだ。

花吹雪の中を行く。櫓を操るのは佐野社長。
網船の諸元は、全長9.7m・全幅2.2m・全深(船体中央部)0.89m・吃水0.3m。江戸時代から引き継がれる佐野造船所建造の他の網船と比べ、全幅が40㎝幅広となった。その結果、走行性や回転性を犠牲にすることなく、安定性がより増した。

艪(ろ)も佐野造船所で製作された。「ろうで」(手元付近)にはホンジュラス・マホガニーが使われ、水に沈めて使う「ろかん」(先端部)は重い樫(かし)を削り出して造られた。この樫を櫓に使うのは、江戸時代から佐野造船所がこだわってきた伝統である。

ちなみに艪で漕ぐことを江戸に生きた先達は「押す」と表現した。だから「艪で押す」というのが和船を語る場合の正統派の表現で、佐野造船所の方々や深川周辺の屋形船の親方衆がよく口にする言葉だ。粋な表現だと思う。

艪は立位での操作なので、船に求められるのは安定性だ。もともと佐野造船所の網船は安定性が高く、滑りも良く、しかも小回りが利くことで知られている。加えて今回の新造船は前述の通り全幅を40センチ広くしたことが安定性に大きく貢献し、より乗りやすい和船となった。搭載される船外機は燃費と静粛性で評価の高いHondaBF20で、文字通り滑るような走りを楽しめ、機動性を高めている。

バルクヘッド、デッキフレーム取り付け。
粛々と建造が進むリグビー

以前の記事では、完成した船体がひっくり返され、船体内側に防腐効果の高いエポキシ系の下塗り剤を塗布する所まで紹介した。

その後、15ミリ厚のマリングレード合板を使ってバルクヘッドが造りこまれ、いよいよ船体内部の構造が見えてきた。

キャビンの隔壁(バルクヘッド)は、6番フレームの位置に決まった(6番フレームの位置は写真Aを見ていただくとわかりやすい)。このバルクヘッドの位置に合わせてコンソールが組み込まれ、ステアリングが取り付けられる。船好きはステアリングポジションが決ったことで、そこにまだリアル・ステアリングがなくても操船のイメージができるようになり、ワクワク感が高まっていくものだ。次回紹介できると思うが、バルクヘッドが決ったことにより、Vバースを中心としたバウキャビンのアコモデションが確定し、ヘッドルーム(マリントイレ)や、ギャレーの位置が見えてきた。

この船尾から撮影した写真は、以前に公開したリグビー建造記事で紹介したものだが、いよいよこの芸術的な造りこみは見納めとなる。このあとデッキや内装材が張られていく。

ヘッドに関しては、ランバウトによく見られるVバースの間に置かれたトイレシステムを嫌い、あくまでも個室にこだわった。位置的には右舷側バルクヘッドの前がヘッドルームとなる。逆に左舷側には40リッターの清水タンクを備えたワン・シンクのギャレーが設置される予定だ。清水タンク容量は、これまでの経験から必要最小限に留めるそうだ。タンクが大きく常に水が残っていると、いずれ腐敗してその処理に難儀する。またデッキやトランサム付近に水浴びのためのシャワーは取り付けない。無用と判断した。そのためもあって、清水タンクは小型のもので十分という結論に達した。考えてみれば、龍也氏がリグビーに乗ろうとしているのは東京湾だ。個人的な意見だが、東京湾でデッキシャワーというのは似合わないと思っているので、この割り切りには大賛成だ。

デッキ下の補強材が細かく入れられた。この写真で注目していただきたいのは、内径100ミリの塩ビパイプだ。写真左側のモーターウエル部のバルクヘッド下部に、その一部が見える。右舷側にも同様の塩ビパイプが、モーターウエルから前方バルクヘッドまで通されている。これはエンジンの操作系各種ラインを通すためのもの。このコンタクトラインがあると、一度張ったデッキをメンテナンスのために、いちいち剥がす必要が無くなる。

5月に入って建造はさらに進み、デッキのベース材が張られた。これは12ミリのマリングレード合板が用いられ、最終的に合板の表面に無垢のマホガニー材が張られる予定だ。言うまでもないが、デッキには乗員の体重がそのまま負荷としてかかる。そのために、船体を構成する縦通材と同じレベルで、アフリカ・マホガニーによる補強フレームが細かく入れられた。この造り込みもまた幾何学的で、デッキで隠すが惜しいほどに美しい。

そして船体中央、ほぼミジップに、重量物である燃料タンクの収納スペースが設けられた。タンク容量は730リッターということだ。この容量はHonda船外機BF250を2基掛けすることを前提にはじき出された。このタンクは6月に完成する予定とのことなので、やはり次回ご紹介できると思う。

現在の作業はバウデッキを張るためのビームのフレーム材が組まれている。4分厚のホンジュラス・マホガニーを5層に積層して2寸厚として、バルクヘッド前に40㎝間隔で入れられた。完成後、このフレームの上面はバウデッキに隠れてしまうが、下面はキャビン内に内装材として露出させる。そのためにニス塗り&ペーパー掛けを繰り返し、美しさを追求する。これは佐野造船所の十八番(おはこ)の作業である。

モーターウエルのバルクヘッドが造りこまれた。15ミリ厚のマリングレード合板を使用。最終的に人目に付く箇所については、さらにマホガニー材が用いられた9ミリ厚の合板が張られて行く予定だ。
写真A:15ミリ厚のマリングレード合板が使われたバルクヘッドが6番フレームに取り付けられた。このバルクヘッドの向こう側がキャビンとなる。右現側のバルクヘッドの手前にコンソールが取り付けられる。手前の背の低い仕切りも、15ミリ厚のマリングレード合板。
龍也氏が膝を落とす場所に、燃料タンクが収まる。タンクは特注で船体形状に合わせて製作される。直方体と台形が組み合わさった形状となり、容量は730リッターを予定。エンジンはHonda船外機BF250を2基掛け。タンク容量は充分だ。
デッキを張るために、フレームを細かく入れていく。
床材は12ミリ厚のマリングレード合板がベースとなる。仕上げにはマホガニー材が張られる。
12ミリのマリングレード合板でデッキベースが造られていく。龍也氏の左側に開いたスペースに燃料タンクが収まる。
バウデッキのフレーム材を受けるために、船殻の内側に受け材を設置。船体の曲線に合わせて設置する。龍也氏の右手の先の板が大きくねじれているのがわかる。難しい作業だ。
ビームのフレーム材は4分厚のマホガニーを5枚積層して使用。厚さはガッチリ2寸となり、この上にマホガニー材のバウデッキが張られる。龍也氏が手にするビームの上面はバウデッキに隠れてしまうが、下部はキャビンの中に内装材として露出させる。
見事に収まったフレーム材。この後、外されてニス塗りと磨き上げが繰り返され、再度フレームに組まれる。見せる内装材でもあるので、それぞれのフレーム材の角々に家具調の文様が入れられる。次回、そのこだわりをご紹介する。
建造から10年間、琵琶湖で使われてきたサノ25ランナバウト。オーナーがご高齢になられたこともあり、建造元である佐野造船所に里帰り。左に建造中のリグビーが見える。
エンジンは進水時に搭載したBF225。10年間、丁寧に乗られたこともあって機関の状態は非常に良い。
31フィートのリグビー(右)と並ぶ、25ランナバウト。マホガニー艇が2艇並ぶ豪華さは、船好きには夢のような景色だ。
サノ25ランナバウトのインパネ周り。憧れのマホガニー艇のステアリングだ。
取材協力:(有)佐野造船所(http://www.sano-shipyard.co.jp/index2.htm)
文・写真:大野晴一郎