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四万十川
日本を代表する清流、四万十川は、あくまで青藍を誇り、滔々たるその流れは、あたり一帯の時の流れも支配する。機械仕掛けの時計は用が無い。川面を打つリズミカルな流れに、朝と昼と夕を知る。
人間の持つ感性。清流が我々に求めるものはこの一語に尽きる。古くから行われてきた鮎、鯉、川海老の漁も、川漁師の研ぎすまされた感性だけが、四万十の大いなる自然に受け入れられてきたのである。
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大野晴一郎=撮影・文

 
静慮、清流に得る
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  緑に覆われた静かな流れ。ところが昭和58年頃までに川砂利が取り尽くされた後は、周囲の山の崩しに入っている。写真の左の河原の後方には、崩した山の小砂利なのか残土なのか、ぼた山よろしく積まれている。  
 清流ブームと言っていいのかどうかは別として、観光で日本中の清流を訪れる人は相当に多いと聞いたことがある。大自然の中の川の流れを眺めれば、それこそ、昨今ブームの癒しになる。都会を流れる川に、「親水」という呼び方で、護岸に遊歩道を造ってみても、コンクリートが川の流れを強制している以上、その快適性は低い(遊歩道が無いよりはましだが)。それに周囲を見上げればビル。これもまた癒しとはほど遠い風景。
 清流と呼ばれる川の中でも、その認知度は高知県の西南部を流れる四万十川が随一。流路は全長で、およそ196km。300余の支流がその流れを造り出す。標高1,336mの不入山(=イラズサン、高岡郡東津野村)東斜面に位置する不入渓谷の最上流域を源流部として、中村市下田で、土佐湾に注ぎ込む。
 川を知るには下流を知るべし、というのは僕の主義で、その川の活性云々は下流を観察すると、源流部と河口部は別として、中流、上流あたりまでの、自然の保全に関しておおよその見当がつく。幸いに今回の取材に関して、下流部の中村市三里に住まわれる岡村三男氏という方と知り合え、四万十の詳しい話を聞くことができた。昭和6年生まれ、今年で68歳。50年以上四万十川での漁を続ける中で、半世紀を超えて、清流「四万十川」の姿を見続けてこられた生き証人である。
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  蛇行する川は河原にあたり、少し下流で沈んだ水が再び沸きあがる。その水はろ過され澄み切っている。川砂利が取り尽くされるまでは瀬でのろ過効果が多くあった。  
 岡村氏をはじめ、三里在住の多くの方々は、同地で三百余年の歴史を受け継いでこられていて、先祖は山内家に仕えた武家に続く。
 四万十川初見参の観光客にとって、下流部でもその水の清さと、両岸から枝垂れかかる緑に感動が湧く。水中に眼をやれば、岸辺の木々の根元に生魚の姿がすぐ見つかる。まさしく「魚は樹に着く」というそのままの光景を目の当たりにできる。しかし汚くなったと嘆くのは岡村氏。その直接的な原因は、一つに昭和58年頃まで続いた川砂利の採取。川の生態系に関係なく、取り尽くすまで行われた。本来、瀬や河原を構成する砂利層に川水はしみ込み、ろ過されて再び川に湧き戻る。この基本的な構造は壊された箇所が多いと聞く。さらに川砂利を取り尽くした後は、四万十川を取り囲む山の崩しに入っている。その昔、四万十川沿いに生活道路建設について然るべき所に申請したところ、見事に却下された。しかし山の崩しが合法的に行われていることに、岡村氏の憤りは留まるところを知らない。
 日本各地の山々でも、伐採は水環境に大きな影響を及ぼしている。山を殺せば川が死ぬ。川が死ねば海が死ぬ、この悪循環に四万十川は直面していると言っても過言ではない。
 今、四万十川を訪れる我々は、その美しさにまだまだ感動を覚える。しかしその一方で、他の河川同様、確実に川としての活性が衰えている現実を知る必要がある。地元の人々の「汚くなった」というその一言に、もっと敏感に我々は反応しなくてはいけない。「古きを訪ね新しきを知る」この言葉は岡村氏を度々口にされた。

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