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ヒストリー

これができたら、みんな喜ぶだろうなぁ

自転車が主な移動手段だった1946年。
旧陸軍が所有していた無線機の発電用エンジンと出会った
本田宗一郎は、遠くへ買い出しに行く妻を思い出し、
それを自転車の補助動力にすることを発案。
約500基あったエンジンを、自転車用補助エンジンに
つくり変えて売り出しました。
それまでにない便利さが
受け注文が殺到、たちまち在庫がなくなると、
宗一郎は自社製エンジンの開発に着手。
そして1947年、
Hondaの名が記された最初の製品として、
このA型エンジンを完成させました。

本田技研工業株式会社
創立

従業員34人、資本金100万円。浜松の小さな町工場
で自転車用補助エンジンの製造からスタート。

汎用事業開始

農機用エンジンのH型に始まり、1959年
には耕うん機F150を発売。

マン島TTレース出場宣言

二輪最高峰とされたレースへの
出場を宣言。5年後の1959年に初出場。

スーパーカブ発売

誰にでも扱いやすい便利な乗り物として
大ヒット。

アメリカ進出

ロサンゼルスに初の海外現地法人
アメリカン・ホンダ・モーターを設立。

(株)本田技術研究所 設立

より自由な発想で研究開発に専念できるようにと、
本田技研工業(株)から独立し発足。

マン島TTレース初優勝
125cc・250ccクラス
1位~5位を独占

初の海外現地生産を
ベルギーで開始

鈴鹿サーキット完成

日本で初めての本格的な国際レーシング
コースとして誕生。

待望の四輪進出

軽トラックのT360に続いてスポーツカーの
S500も発売。

F1 初出場

日本初のF1マシンRA271が第6戦ドイツGPでデビュー。
翌年最終戦メキシコGPで初優勝。

安全運転普及本部 設立

二輪・四輪のメーカーで初の試みとなる
安全運転普及活動を開始。

低公害CVCCエンジン発表

当時最も厳しいとされたアメリカの排出ガス
規制マスキー法を世界で初めてクリア。

世界初のカーナビシステム

地図上に現在位置を表示する世界初の商品として
ホンダ・エレクトロ・ジャイロケータを発売。

日本初のフランツシステム車

手の不自由な方の運転操作をサポートするフラ
ンツシステムの搭載を国産車で初めて実現。

アメリカで日本メーカー初の
四輪車現地生産を開始

小型航空機と
航空機用エンジンの研究を
開始

F1史上初の16戦15勝

アイルトン・セナとアラン・プロストの操る
マクラーレン・ホンダMP4/4がサーキットを席巻。

ツインリンクもてぎオープン

日本で初めて本格的なオーバルコースと
ロードコースを併設。

ヒューマノイドロボット ASIMO発表

小型軽量で人間の歩き方に近い二足歩行が
可能になった新しい人間型ロボットを実現。

燃料電池自動車FCXを世界で初めてリース販売

燃料電池自動車として初めてアメリカ政府の販売
認可を取得し、日米でリース販売を実現。

パワープロダクツの世界生産
累計1億台を達成

二輪車の世界生産
累計3億台を達成

WGP700勝達成

二輪のロードレース世界選手権シリーズで
前人未踏の記録を達成。

F1再挑戦

新たな技術的チャレンジを求めパワーユニット
サプライヤーとして7年ぶりにF1に参戦。

HondaJet引き渡し開始

アメリカの連邦航空局による型式証明を取得し、
お客様への引き渡しが開始。

燃料電池自動車
CLARITY FUEL CELL発表

燃料電池自動車トップクラスの一充填
走行距離約750kmを実現。

四輪車の世界生産
累計1億台を達成

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