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ゴルフの雑学・マメ知識「世界初の女性ゴルファー」を襲った悲劇

2014.02.27

ゴルファーがふだんお世話になっているのがキャディさん。「私はセルフプレーのほうが好き」という方も多いと思いますが、初めてのコース、トリッキーなコースでは、ハウスキャディをつけたほうが圧倒的に有利なのは言うまでもありません。

さて、なぜ「キャディ」というかというと、これはフランス語の「cadet(カデ)」という言葉に起源があります。「後輩」「末っ子」「士官候補生」という意味があるのですが、この言葉からゴルフのキャディという言葉ができたのには次のような理由があります。

16世紀のスコットランドにメアリー・スチュアート(1542~1587)という女性がいました。メアリーは生まれてまもなく亡くなった父・ジェームス5世の後を継いで女王になり、フランスで育てられた後、16歳でフランス王太子妃になります。18歳のときに王であった夫が亡くなったため、スコットランドに帰国することを余儀なくされるのですが、このときにゴルフを始め、フランスから連れ帰った「cadet」と呼ばれる宮廷に仕える貴族の子弟たちにクラブを持たせたりお世話させたりしました。

<メアリー・スチュアート>
生後まもなくスコットランド女王となったメアリー・スチュアート(1542~1587)。嫁ぎ先のフランスから帰国後にゴルフを始めたことから「世界初の女性ゴルファー」と呼ばれています

メアリーは美貌麗しい華やかな女性で、つねに社交界の中心にいた人物。フランス生活でますます洗練されたメアリーが帰国後のスコットランドで注目の的であったことは想像に難くありません。おそらく美少年を従えゴルフに興じる彼女の様子は、国中で人々の口の端に上ったことでしょう。このことからゴルフプレーのサポートをする人のことを、「cadet」をスコットランド風にした「caddie(キャディ)」と呼ぶようになったと言われています。

<カデ>
メアリーはフランス宮廷で自分に仕えていた貴族の子弟(cadet)をスコットランドに連れて帰り、ゴルフのときにも自分の世話をさせました。このことから「キャディ」という言葉が生まれたと言われています

さて、キャディの生みの親であるメアリー・スチュアートは「悲劇の女王」として知られます。当時、スコットランドとイングランドは宗教的な違いから激しく対立し、それに乗じて支配をもくろむフランスやスペインなど列国の思惑も絡んで、数多くの陰謀が渦巻く時代でした。そのさなか、スコットランド女王でありながら、イングランド王室の血も受け継ぐメアリーはつねに、革命をもくろむ野心家たちが担ぎ上げる錦の御旗となったのです。スコットランドを追われ、イングランドで幽閉されている間にも、メアリーの知らない間に、彼女を正当な王位継承者として祭り上げようとする国家転覆計画が絶えず謀られ、最終的には、おとり捜査とも言うべきやり方で、メアリーは従叔母であるイングランド女王・エリザベス一世暗殺計画の罪を着せられてしまいます。そして1587年の2月8日、18年の幽閉生活の後、「世界初の女性ゴルファー」と呼ばれるメアリー・スチュアートはピーターバラにあるファザリンゲイ城の大広間で処刑されてしまいました。

絵と文
Honda GOLF編集部 小林一人

Honda GOLF編集長のほか、ゴルフジャーナリスト、ゴルフプロデューサー、劇画原作者など、幅広く活動中だが、実はただの器用貧乏という噂。都内の新しいゴルフスタジオをオープンし、片手シングルを目指して黙々と練習中。

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