マメ知識

ゴルフの雑学・マメ知識マスターズのルールトラブル事例
〜1958年アーノルド・パーマー

2010.09.30

私が尊敬するゴルフルール研究家のマイク青木氏はつねづね、「海外でプレイする日本人のプロはルールに無知で危ない。ルールを知らずに戦うのは裸足で地雷原を歩くようなもの」だと警鐘を鳴らしています。青木氏の言う通り、過去日本人プレイヤーは何度となくルールのトラブルで優勝を逃したりしていますが、それに比べ、海外のトッププレイヤーはルールを熟知し、それを武器に大きなチャンスをものにしています。

よく知られているのは1958年のマスターズトーナメントで起こった、アーノルド・パーマーの事例でしょう。

最終日の12番ホール、優勝争いを演じていたパーマーの打ったボールはグリーン脇の地面にめり込みました。フリードロップの権利があると思ったパーマーは救済を求めましたが、そのホールにいたルールオフィシャルはこの要求を拒絶。納得のいかないパーマーはゴルフルール3-3a「プレイヤーはもしプレイ中に自分のとるべき処置や権利について疑義を持った場合、無罰で第二のボールのプレイが認められるが、その前にその由をマーカー又は同伴者に宣告しなければならない」にのっとり、2つのボールをプレイすることを宣言。まず土にめり込んだボールをプレイしてダブルボギーを叩いた後、元の位置にフリードロップしたボールをプレイしてパーをセーブしたのです。

どちらのスコアを採用すべきかをボビー・ジョーンズとクリフォード・ロバーツが率いるマスターズ運営委員会に委ね、そのホールを立ち去ったパーマーでしたが、3ホールプレイしたところでフリードロップが認められたという連絡が入ります。12番ホールのスコアはパーの3となり、パーマーはそのまま1打差で逃げ切りマスターズ初制覇を果たしたのでした。

もしパーマーが第二のボールをプレイできるというルールを知らなかったら、12番ホールのスコアはダブルボギーとなり優勝はなかったでしょう。このように、ルールは強力な武器となりえるので、競技ゴルファーはルールをよく勉強しておかなければなりませんし、競技には参加しなくても、ゴルフを正しくプレイするためにルールの知識を身に付けておきたいところです。

ただしこの話には後日談があって、パーマーと同じ組で回り優勝を争っていたケン・ベンチュリはこの裁定に納得していなかったのです。ベンチュリによれば、パーマーは土に埋まったボールをプレイした後に第二のボールをプレイすることを宣言したというのです。実際はどうだったかというと、最初のボールでダブルボギーを叩いた後に、納得のいかなかったパーマーが「救済を受けられるはずだ!」と主張し始めたようですから、「もし最初のボールがチップインしていたら、パーマーは第二のボールをプレイしなかったはずだ」というベンチュリの主張は理にかなっています。

CBSスポーツの解説者を務めていたベンチュリは引退後の2004年にこの事実を公表しましたが、もちろん今になって裁定が覆ることはありませんし、パーマーも「ルールにのっとって行動しただけ」とコメントしています。

どちらの主張が正しいのかはともかく、この歴史的なルールトラブルから読み解くべきなのは、「現場にいるルールオフィシャルの裁定が正しいとは限らない」ということです。ゴルファーひとりひとりがルールを熟知し、自信を持ってトラブルに対処することは、ゴルフというゲームをよりフェアにするし、ひいてはレベルアップにつながるのではないでしょうか。


Honda GOLF編集部 小林一人

Honda GOLF編集長のほか、ゴルフジャーナリスト、ゴルフプロデューサー、劇画原作者など、幅広く活動中だが、実はただの器用貧乏という噂。都内の新しいゴルフスタジオをオープンし、片手シングルを目指して黙々と練習中。

Illustration by Takashi Nemoto

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