魚釣りに欠かせないものを指す「釣りの六物(ろくもつ)」という言葉がある。「釣りザオ」「釣りイト」「釣りバリ」「エサ」「オモリ」「ウキ」の6つだ。やがてリールが発明されたり、疑似餌であるルアーが生み出されたりもするが、サオにイトを繋ぎ、ハリにエサを付けて魚を釣るという基本形は今も変わらない。
その1つである「釣りイト」も、有史以来さまざまな変化をとげて来た。古くは植物の繊維が使われていたと推測されており、ほかにもウマの尾の毛(馬素)、絹糸(シルクライン)、さらにテグス(テグス蚕から取れる絹糸)などが登場した。テグスの発展形である人造テグス(絹糸を縒り樹脂と薬品で固めたもの)は20世紀に入りナイロンラインが発明されるまで、優れた釣りイトとして広く使われていた。
現在、釣りイトは「ナイロン」から始まった化学繊維の時代を迎えている。ナイロンは樹脂のチップが原料。いわゆるプラスチックを熱で溶かして押し出すことでイト(原糸)にしたものだ。原料を変えることで、「フロロカーボン(フロロ)」「エステル」といったラインも作られている。ナイロン、フロロ、エステルはそれ自体が1本のイトである「単線(モノフィラメント)」構造である。
このほかに、ナイロンやフロロとは構造が違う「PE(ピーイー)」がある。PEは化学繊維である点ではナイロンやフロロと同じだが、構造が大きく違い、新素材と呼ばれる超高分子量ポリエチレンの非常に細い原糸を複数本編んだ「組糸」構造だ。
他には金属由来の単線ラインでアユ釣りに使われる「メタルライン」、メタルラインと新素材のイトを縒り合わせた「複合メタル」、フライフィッシングで使われ、化学繊維を編んで作ったコアに樹脂をコーティングした「フライライン」などもある。
なぜわざわざ種類の違う釣りイトをこれほど作るのかというと、材料や構造によって「硬さ」「伸び」「結びやすさ」「比重(沈みやすさ)」「こすれに対する強さ」「吸水性」「向いている釣り」などが違ってくるからだ。
ナイロンはしなやかで結びやすく多用途に使える。一定の伸びもあるためショックを吸収する機能もあり価格も安い。フロロはナイロンに比べて伸びが少なく感度がよい。表面が硬いことからこすれに対して強く、ナイロンよりも比重があるため水になじみやすく、吸水しにくいため劣化が少ないという性質もある。そこで、たとえばしなやかさやショックの吸収性を重視するならナイロン、一定の張りやこすれに対する強さ、あるいは水への馴染みのよさを求めるならフロロといった使い分けがされる。エステルはナイロンやフロロに比べて硬いイトで、イトに張りがほしい場面で用途を限って使われている。
PEはこれらとは全く違う構造だが、同じ太さならナイロンの3~5倍強く、吸水による劣化がほとんどないという特徴がある。現在、船釣りや海のルアーフィッシングのミチイト(リールに巻くメインのイト)は、ほとんどの場合PEだ。同じ太さなら強いということは、その分だけイトを細くできることを意味する。すると抵抗も小さくなるので、船釣りなら同じ深さを釣る場合でも使用するオモリが軽くでき、ルアーならより遠くに飛ばせる。さらにイトを巻いておくリール自体も小さくできる。PEの登場によって、特に船釣りの世界ではタックルのライト化が大幅に進んだ。
魚と釣り人が繋がる1本のイトにも、常に新しい可能性が追求されているのだ。