大型連休が終わればいよいよ夏の足音が聞こえてくる。半袖で過ごせるような暑さの日が徐々に増えてくるこの時期、都会の川で多く見かけるようになるのが、テナガエビの釣りを楽しむ人の姿だ。

テナガエビはその名のとおり、長いハサミ(実際は第2歩脚という前から2番目の脚が発達したもの)を持っている。特に大型のオスになると、その姿は勇ましく、ハリに掛かれば〝ビュンビュン〟と力強いキックバックで抵抗するので、釣りそのものが楽しい。

そして何より、釣ったテナガエビは素揚げや素焼きにすると、エビならではのコクのある味わいが口いっぱいに広がって、何尾でも美味しく食べられる。この〝釣ってよし、食べてよし〟が人気の理由だ。
ちなみに、タイや台湾、マレーシアなどにはこのテナガエビ(オニテナガエビ)の釣り堀が街中にあって賑わいをみせている。

テナガエビは夏が繁殖期。5月頃から始まって、じめじめと蒸し暑い梅雨をピークに、オスとメスが河川の下流部の浅い場所に集まって産卵する。そして、生まれた幼生は川の流れに乗って、海まで下ってから、植物プランクトンなどの有機物を食べて成長する。育った稚エビは自分の力で川を歩いて遡り、また川で暮らすようになるが、冬場は水温変化の少ないやや深い場所で過ごす。その成長には健全な川と海のつながりが欠かせないのである。

このテナガエビの生態。複雑なようでいて、実は似たような生活史を送る生き物が、他にも多くいる。専門用語で「両側回遊」という、川と海、つまり淡水と海水、そして淡水と海水が混じりあう「汽水域」を行き来するものは、メジャーどころだと、アユ、サケ、サクラマスサツキマスハゼボラスズキウナギなど。ほかにもマルタウグイ、クロダイキチヌヒラメイシガレイなど、海と川を往来する魚は枚挙にいとまがない。

釣りで人気の高いクロダイは汽水を好む魚だ
シーバスことスズキも海と川を往来する
海で生まれ川で育つウナギは、近年、環境指標魚としても注目されている
海からすぐ近くの川で釣れたキビレの幼魚
栄養豊富な汽水域にはカニが多く生息する。その存在は多くの鳥や魚たちにも欠かせない
有明海の広大な干潟に暮らすムツゴロウは汽水を好むハゼの仲間

彼らの生活場の中でも、特にユニークな役割を果たしているのが汽水域だ。汽水域は単位面積当たりで比較すると、淡水域や海水域と比べて、栄養の供給、さらに魚類の生産が最も高い。茶色く濁った水は見た目にはきれいに映らないが実は栄養満点のスープのようなもので、植物プランクトン、底生藻類、コアマモなどの海藻が旺盛に繁殖する。

そして、それらを食べる動物プランクトン、ゴカイ類、貝類なども多くなるため、エサを捕まえる能力がまだ低い成長途上の魚の仔魚や稚魚にとってはこのうえないエサ場となるのだ。河口部に形成される干潟は、その典型的な場所の1つである。

話が少し専門的になってしまったが、つまり、「海でも川でもある場所」は、自然の水辺の中でも特に重要な役割を果たしているのだ。そして、この汽水で育った魚が川に戻れる環境もまた多くの生き物にとって必須といえる。
テナガエビは自分の脚で歩いて移動するため、川に作られた大きな堰などの人工構造物も比較的乗り越えることができる。だが、アユ、サケ、サクラマス、サツキマス、ウナギなどはそうはいかない。社会問題にもなっているウナギやアユの減少の要因は、こうした人間の手による障害物だとみられている。
また、川と海が繋がって、上流から必要な土砂が河口に供給されることも大切なのだが、河川を横断する人工構造物はそれも阻害してしまう。

釣りに出かけると、こうした魚たちの生息場所や生態についても強い関心がわく。そして、海と川のつながりを取り戻すことは、多くの魚介類の保護の観点でも、今や喫緊の課題なのである。

※このコンテンツは、2017年6月の情報をもとに作成しております。最新の情報とは異なる場合がございますのでご了承ください。
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