滝 大輔 氏
月刊『FlyFisher』編集長
滝 大輔 氏
1995年つり人社入社。2006年より『FlyFisher』編集長を務める。川、湖、海、国内、海外問わず、フライフィッシングが楽しめる場所なら、どこへでも足を運ぶ。現在はDVD付録『FlyFisher in Action』の制作も担当。文章と写真だけでなく、ムービーでもフライフィッシングの魅力を伝えている。別冊『Salt Flyfisher』編集長を兼務。

初夏はフライフィッシングの盛期

我が国で最も人気のあるフライフィッシングといえば、渓流のヤマメイワナ釣りだといえます。すがすがしい森の中で、虫を模したフライにヤマメ、イワナが食いつくのを見るのは誰にとっても心が洗われるような経験です。水温も上がり魚も活気づくこれからの季節が渓流の盛期。このコラムが掲載されるころには、東北地方が新緑を迎え、各地で日ごとに森の濃さが増していきます。初夏は自然のライフサイクルを実感できる時でもあるのです。
渓流の自然は、森、水、石、の3つすべてがそろわないと健康には保たれません。そんな川にフライを浮かべるだけでも幸せな気分にひたれます
渓流の自然は、森、水、石、の3つすべてがそろわないと健康には保たれません。そんな川にフライを浮かべるだけでも幸せな気分にひたれます
個人的にもこの時期が最も好きなのですが、その理由は水生昆虫の活動にあります。水生昆虫は、水中の卵からふ化して、まずニンフ、もしくはラーバと呼ばれる幼虫として水中で育ちます。その後、ある時期になると彼らは水面に飛び出し一斉に羽化をします。羽化は水生昆虫にとっては最も無防備なタイミングで、彼らはすぐに飛び立てずしばらくは水面の上を流されます。これはヤマメ、イワナにとってまさにごちそう。食べやすいエサが上流から次から次へ流されてくるのですから、食いつかないわけがありません。水面に浮いている虫を、静かに、時には激しく吸い込む魚たち。そんな光景が見られただけでも、「今日は川へ来てよかった!」なんて思えてしまいます。

そんなシチュエーションに出会う確率が最も高いのが、この季節なのです。ただし、いくら魚がエサを食べている場面に直面したところで、それが釣れるかどうかはまた別の話なのですが……。

日本屈指の生息量

これがモンカゲロウ。写真ではわかりにくいかもしれませんが、全長で4cmほどある巨大なカゲロウです
これがモンカゲロウ。写真ではわかりにくいかもしれませんが、全長で4cmほどある巨大なカゲロウです
今回ご紹介するのは、熊本県は「五木の子守唄」で知られる五木村周辺を流れる川辺川。富士川、最上川とならび3大急流と称される球磨川の支流です。川辺川と五木村については、ダムの建設での紆余曲折をご存じの方も多いはず。
この川辺川、素晴らしいのは周囲の自然だけではありません。川の中も素晴らしいのです。水生昆虫研究の専門家によるとこの川に生息している水生昆虫の種類の豊富さは、日本で1、2を争うほどだというのです。たった数日間の調査で確認された虫は40種類以上。川の健康度を測るには、特定の水生昆虫の生息量ではなく、種類の多さにあるそうで、もちろん種類が多ければ多いほど川は健康だということになります。この調査では水の汚染に弱いカワゲラという虫の大型種も確認されました。
それだけの水生昆虫を育む流れですから、当然のことながらそこに住む魚たちも大きく、健康に育ちます。私が訪れたのは今年の4月後半でしたが、夕方にはモンカゲロウという日本では最大クラス(全長で4cmほど)のカゲロウの大量羽化に遭遇しました。このモンカゲロウ、真っ白でよく目立ちます。彼らの羽化は水面で行なわれ、幼虫が水面まで浮き上がって、亜成虫(いわゆるカゲロウの形)がひょっこりと水面に浮かびます。これが、見ている水面で次から次へと現われて、それはまるで魔法を見ているような不思議な光景です。長年フライフィッシングをやっていますが、川でこのような大量の羽化を見たのは本当に久しぶりでした。そして羽化だけでなく、カゲロウが産卵のために川へ戻ってくる姿も多数見ることができます。この量もまた、むせかえるほどに大量で「虫が苦手」という方にはちょっとうれしくない光景かもしれません。
モンカゲロウを模したフライを投げると……。体高、ヒレの張り、文句なしの健康ヤマメでした
モンカゲロウを模したフライを投げると……。体高、ヒレの張り、文句なしの健康ヤマメでした
これだけの虫が水面に現われるのですから、魚たちも見逃すはずはありません。水面のあちこちでヤマメが捕食する姿を見ることができました。「ライズリング」といって魚が水面で虫を食べるときは波紋が広がります。それをねらってフライを投げるのです。この釣りは、魚もフライをしっかりと吟味するために偽モノと見破られやすく、ひと筋縄ではいかないことも多いのですが、今回ばかりはあっさりと私のフライも食べてくれました。

マダラの里

「マダラ」と思われるヤマメは、パーマークの間に均等に斑点が並んでいます。川によって違う、魚の模様を眺めるのも楽しみのひとつです
「マダラ」と思われるヤマメは、パーマークの間に均等に斑点が並んでいます。川によって違う、魚の模様を眺めるのも楽しみのひとつです
地元では昔からヤマメのことを「マダラ」と呼んでいたそうです。魚体にある斑点がまだら模様に見えることから名付けられたそうですが、放流が進んだ現在、その渓流の原種に近いヤマメの姿を見られる機会も少なくなりました。今となっては純粋な原種かどうかを判断することは難しいのですが、マダラは斑点が少なく、しかも均等に並んでいることが特徴なようです。川辺川には手つかずの支流がたくさんあり、原種に近い魚も見ることができる貴重な川といえます。
五木村は、この「なにもない自然」を誇りとし世代を超えて守り続ける活動も始め、この魅力を少しでも多くの人に知ってもらおうと、釣り人の受け入れにも積極的になりつつあります。日本屈指のフライフィッシング体験をするなら、この川を候補のひとつとしておすすめしたいと思います。
今回ご紹介したエリア
熊本県/川辺川(かわべがわ)のヤマメMAP
アクセス
九州道人吉ICからR445を経由して約1時間
九州道松橋ICからR218、R445を経由して約1時間
※環境省レッドリスト等の掲載種については、法令・条例等で捕獲等が規制されている場合があります。必ず各自治体等の定めるルールに従ってください。