VT250 - 1982.05

VT250F
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モーターサイクル・エンジンの歴史。

 1876年のオットー・エンジンに始まる内燃機関の歴史の中で、我々に最も馴染みの深いピストン式ガソリン・エンジンの歴史だけ眺めても、最初の半世紀ほどの間に考えられる殆んどの様式は試みられたという先人達の努力に敬意を表さねばならない。その中には素晴らしいアイデアとデザインを持ちながら、実用化の過程で材料あるいは加工技術の壁にぶつかり消えていった物も多い。
 ここでは、各種のガソリン・エンジンの中から特に興味深いモーターサイクル・エンジンを取り上げて、その変遷の歴史をたどってみたい。
 
●創世紀の巨人達
 1884年、ドイツ人ゴットリーブ・ダイムラーは水平単気筒空冷4サイクル試作エンジンを製作、翌年には直立単気筒4サイクル・エンジンを自転車型フレームに積み、1886年に試乗に成功した。
 これが、一般に世界初のガソリン・エンジン自動車といわれている。エンジン構造としては、現在の模型エンジンのような“ホット・チューブ(熱管)”点火、吸気バルブは自動吸入式、排気バルブはカムシャフトによるサイドバルブ式、キャブレターはアルコール・ランプの様な芯を使ったサーフェス(表面)・キャブレターであった。
 同じ頃、イギリス人エドワード・バトラーが水冷2サイクル2気筒エンジンを使った3輪バイクの設計を完了した。実車が完成したのは1887年になるが、バトラー・エンジンはチェーン駆動のロータリー・バルブ、フロートとベンチュリーを初めて備えた“バトラー式キャブレター”、遊星ギアとチェーンを使ったトランスミッションなどに画期的なアイデアと進歩が見られた。
 1892年、ドイツのヒルデブラント兄弟は小型2サイクルエンジンを製造、翌年には水冷並列2気筒4サイクルエンジンを完成して自転車フレームへの搭載を試みた。しかし、自転車では強度が不足し新設計の専用フレームに積み、“Motorrad(ドイツ語でモーターサイクルの意味)”と名付けて発表した。ボア・ストローク90×117mmの1,490ccエンジンは最高出力2.5PS/240rpm、最高速度40km/hを発揮した。水冷エンジンのラジエターはリアフェンダーと一体化され、潤滑オイルは消耗式、グロー着火とサーフェス・キャブレターを備え、4年間に800台以上が生産された。
 1896年、イギリス人ホールデンは、初の空冷水平対向4気筒4サイクル・エンジン付きモーターサイクルを完成する。1899年には水冷化して、最高出力3PS/420rpmを発揮した。クランク横置きの水平対向、後輪直接駆動のホールデンは1903年まで生産され、後世に影響を与えた。
 
●基本構想が定まる
 一方、現在のガソリン・エンジンの点火方式の基礎になった電気式点火は、1887年ドイツ人ボッシュの手で低圧断続式として完成し、さらに1903年にはボッシュ・マグネット(高圧磁石発電機)方式の完成で普及することになった。
 この間の重要な発明としては、フランス人ワーナーの1902年モデルがある。それまでフレームの各部に搭載されていたエンジンを、自転車のペダル位置に積みフレームの三角構造の一部に採り入れたシングル・ダイヤモンド・フレームを完成。その後のエンジン搭載位置の原型を作った。エンジン自体は単気筒262cc、噴射式キャブレター、余剰オイルを燃焼排気させる手動オイル・ポンプ潤滑、エンジン構造はド・ディオン式と呼ばれる自動吸入バルブ・機械式排気バルブを持つ4サイクルSV(サイド・バルブ)式で、後輪はベルト駆動された自転車式ブレーキを備えていた。さらに1904年には直立2気筒エンジンを発表している。
 この1904年には、チェコスロヴァキアのローリン&クレメントがモデル“CC”と呼ぶSV狭角V2気筒ベルト・ドライブのモーターサイクルを発表した。最高出力は3ps、コイル・スプリング式フロント・サスペンションを持つ進歩した設計を誇っていた。さらに“CCRW”と呼ばれる水冷V2気筒モデルもあり、4.5PSを発揮した。
 1905年、同じくローリン&クレメントは世界初の直列4気筒SV4サイクル・エンジンを搭載した“CCCCII”を製造した。イギリスではビンクスが1903年に試作を行い、ベルギーのFN社も直列4気筒を完成した。特にFNは、一体構造のエンジン、ベベルギアを用いた後輪シャフト・ドライブ、後輪内拡式ドラム・ブレーキ、テレスコピック式スプリング・フォークなどの斬新なアイデアが盛り込まれた363・496・748ccSV4サイクルを使った各モデルを用意して名声を馳せた。
●世界初のガソリン・エンジン自動車 ●クレメントV4・1,200ccエンジン搭載
世界初のガソリン・エンジン自動車 クレメントV4・1,200ccエンジン搭載

●V型全盛時代の幕開け
 この年、もう一つの重要な動きは、アメリカのインディアン、ベルギーのミネルバ、ドイツのNSU、フランスのプジョー、オーストリアのプッフ他多くのメーカーで作られたV型2気筒エンジンの登場である。それらはクラッチなし、単速、ベルト・ドライブの動力伝達機構を備えていたが30年代まで続くVツイン黄金時代の先駆者達だ。
 ベルギーのバークレーは、初の180度クランク直立並列616ccSV4サイクル・エンジンを完成したが、主流になるには早過ぎた。
 そして、イギリス人J・A・プレストウィッチは単気筒から4気筒までの数々のJAPエンジンを作り出す仕事の途についた。1908年、スピードレース用に開発したボア・ストローク120×120mmの2,700ccV2気筒は、史上初の90度Vツインとして1次慣性力をバランスした最良のメカニカル・バランスを供えて最高速度145km/hをマークした。
 1906年、JAP製SV直列3気筒660ccエンジンを積んだイギリス製モデルが登場する。
 同じ年、P&Mはチェーンを使った2段式トランスミッションを開発、同様のメカニズムは1908年にイギリスのスコットにも採用されている。
 1911年、ウーラーは“ダブル・エンド・ピストン”2サイクル・エンジンを開発。1個のピストンの上端は燃焼用、下端をクランクケース内圧縮による掃気用に使用するという構造を採用した。
 1913年、プジョーは初の直立並列2気筒ギア駆動DOHC498ccエンジンを作り出す。後に1922年、ギア、トレインをベベルギアとバーチカル・シャフトに変えたDOHC方式としたが、この基本構造は後のレーシング・エンジンの設計に重大な影響を与えた。
 1914年、インディアンは初めて6Vジェネレーター、12Vセルモーター、電気式ヘッドライトを備えたV型2気筒モデルを発表した。
 1920年、イギリスのデュネルト社は段付ピストンの2サイクル・エンジンを積んだ248・498ccモデルを発表する。段付ピストンは小径の上側ピストンが燃焼を行い、大径の下側ピストンが吸気および圧縮を行う方式で一時期は注目された。同じくイギリス人の航空技師レッドラップは、星形3気筒340ccSVエンジンを作り、6気筒の試作も行った。
 だが、モーターサイクル史上で最もユニークなマシンは、1921年に製造されたドイツ製メゴラであろう。前輪ハブに直接取り付けられたエンジンは、ボア・ストローク52×60mmの星形5気筒640ccSV方式で、クラッチ、ギアボックスはなく、始動は押し掛けあるいは前輪スポークを蹴飛ばして行われた。このFFモーターサイクルは、リーフスプリング式フォークの右側に小形燃料タンクを持ちホイール右側のキャブレターから左側エンジンに吸気される。レース用モデルは最高速度135km/hに達し、200台が生産されている。
 このような奇想天外なアイデアの一方で、1920年にAJSは半球型燃焼室と3×2段トランスミッションを開発している。
 現在の高性能エンジンに実用化されている4バルブ式燃焼室も、1923年のトライアンフ・リカルドOHV499cc、ハーレー、インディアンの1,000ccモデルに付けられたが、その中でも1924年型ラッジは最初の成功モデルである。1927年にラッジは放射状エキゾースト・システムを採用。さらに1930年には半球形燃焼室に放射バルブ配置の4バルブ工場レーサーを登場させた。翌31年には“TTレプリカ”と呼ばれる348・498cc市販レーサーを発売、史上初の4バルブOHV市販車となった。
 この間の大きな発明は、それまで手動であったシフト操作が、1929年のヴェロセットKTTによって初めて足動ポジティブ・ギア・シフトの、現在に通じる方法が発明されたことであろう。
 2サイクル・エンジンに関しては、それまでピストン頂部にデフレクターを設けて掃気を行っていたのに対し、掃気をシリンダー内で反転させるシェニーレ掃気が1925年に発明され、DKW、ヴィクトリア、シュンダップ、ビリヤースなどに広く採用されて性能向上に大きな手助けを果した。
 また、ドイツのウィンドルフの直列4気筒OHC746cc、シャフト・ドライブ・モデルを忘れてはいけない。エンジンは“オイル・クーリング”で一体構造を取り、フレームはなく、全パーツをエンジンにボルト止めする独特な設計であった。
●FN製直4・363ccエンジン ●V型全盛時代の幕開けとなった、NSUのVツイン
FN製直4・363ccエンジン V型全盛時代の幕開けとなった、NSUのVツイン




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