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CSRヒストリー

2010年で誕生10年目をむかえた「ハローウッズ」は、Hondaが社会に夢や喜びを提供することにこだわった結果の産物である、そのようにHondaは考えています。

1988年当時、製品を売るだけではなくモビリティの楽しさを伝えようという理由から、栃木県茂木町にサーキット建設の計画が持ちあがりました。しかし、建設には莫大な費用がかかり、採算がとれるかどうかも分からないことから、社内では計画を躊躇する声がありました。そのような状況のなか“お客様の喜びのためには是が非でも夢を成し遂げることが創業者本田宗一郎の哲学であり、かつHondaの存在理由である”という当時の川本社長の言葉で、プロジェクトが始動したのです。
そこで、社内からアイデアやスタッフを公募し、全従業員の共有の夢として「21世紀の社会への贈り物になるような施設」と位置づけることになりました。総面積は東京ドーム137倍、当時の企業が手がけるものとして日本最大規模の工事となり、1997年、モビリティのもつ魅力を存分に楽しんでもらえる場所として「ツインリンクもてぎ」が生まれました。

その開設の地は、森と水に恵まれ、太古より人がかかわりつづけてきた「里山」の一角でしたが、放置された結果、荒れ放題の状態でした。手入れを施し里山の元気を取り戻すことで、訪れた人たちが生命について語りあい、自然と社会のつながりに気づくきっかけをつくれれば…という想い。これがツインリンクもてぎのサーキットに隣接したハローウッズ設立の計画へとつながっていきました。こうしてプロジェクトがスタートしたハローウッズは、2000年夏、約42ヘクタールという広大な面積をもつ「遊びと学びの場」としてオープンし、フィールドの整備をつづけるとともに、さまざまな体験プログラムを用意して、「子供の元気」と「森の元気」を支える活動に取り組んでいます。

当時のプロジェクト担当の一人であった﨑野隆一郎さん(現「ハローウッズ 森のプロデューサー」)に、当時の想い、森の果たす社会的役割について語ってもらいました。

「ツインリンクもてぎ」

荒れ放題の里山(ハローウッズオープン前の1999年)

里山を取り戻すために作業をする風景

Hondaが手を入れた里山