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2014年6月30日(月)

MXGP前半戦を振り返って

マキシミリアン・ナグル選手(左)、イブジェニー・バブリシェフ選手(右) マキシミリアン・ナグル選手 CRF450RW(ナグル車) イブジェニー・バブリシェフ選手 CRF450RW(バブリシェフ車) マキシミリアン・ナグル選手 マキシミリアン・ナグル選手、イブジェニー・バブリシェフ選手 イブジェニー・バブリシェフ選手 マキシミリアン・ナグル選手 マキシミリアン・ナグル選手 マキシミリアン・ナグル選手 マキシミリアン・ナグル選手 Team HRC Team HRC ティム・ガイザー選手 山本鯨選手 宮崎純治(Team HRCテクニカルディレクター)、井本敬介(Team HRC総監督)

Hondaは、昨シーズンまでモトクロス世界選手権に参戦していた欧州のHonda現地法人チームを今シーズンからワークス化。新たに「Team HRC」としてワークス参戦中です。今シーズン前半の戦いを、井本敬介(Team HRC総監督)と宮崎純治(Team HRCテクニカルディレクター)が振り返ります。

ワークス体制に変更

モトクロス世界選手権に今年からTeam HRCとして参戦を開始し、シリーズ17戦の中盤戦まで消化しました。今季はワークスとして復帰1年目ということで、さまざまな準備に追われながらの開幕で、参戦を重ねながら徐々に環境などを整えてきました。2011年より、欧州現地法人のチームで参戦を支援してきた「Honda World Motocross Team」をベースに、株式会社ホンダ・レーシング(HRC)の日本人エンジニアを4人増強し、ハードとソフトの両面でワークス体制を実現しています。これまでの支援はワークスのパーツやマシンの貸与などでしたが、今年からは継続的に安定して力を注ぐためにフルワークス化しました。ライダーはイブジェニー・バブリシェフ選手(ロシア)とマキシミリアン・ナグル選手(ドイツ)の2人で、最高峰のMXGPクラスにワークスマシン「CRF450RW」を投入しています。

Honda World Motocross Teamの運営を委託してきたマーティン・レーシングは、1991年にトランパス・パーカー選手(アメリカ)を擁して世界選手権250ccクラスのチャンピオンシップを獲得して以来、Honda一筋に20年以上のグランプリ経験がある名門です。チームの本拠地はイタリア・ベネチアの近くですが、ベルギーのレオポルズブルクにもガレージがあり、バブリシェフ選手はイタリア、ナグル選手はベルギーを拠点にして活動しています。イタリアのショップは、半分をワークス機密ゾーンに改装し、日本のHRCと同等の環境が用意されています。

グランプリ会場には、常にレースマシン2台、スペアマシン2台、スペアエンジン2機を用意してありますが、レースが終わるとチームトラックに積み込まれて次の会場に移動します。マシンの定期的なメンテナンスは、2戦に1回、チームトラックがイタリアへ戻るタイミングで行います。このほかにテスト車が2台、練習車がイタリアの拠点とベルギーの拠点に1台ずつあり、ライダーとスタッフは、レースとレースの間の平日に本番車と同じ仕様のマシンで練習やテストを行えるようになっています。テストは連戦中の平日にもできますが、ライダーの休息も考慮しているので、基本的に1週空いたところで入れるようにしています。今年のカレンダーでは、おおむね1カ月に3レースあって、たとえばサスペンションセッティングの微調整ぐらいならいつでもできますが、大がかりな仕様変更などをするときは、空いた1週にテストを行うようにしています。

ワークス化でなにが変わったかというと、ハード面ではマシンのアップデートの早さです。びっくりするような仕掛けはありませんが、エンジン内部の仕様変更はいろいろやっています。ライダーからの不満はほとんどありませんが、コースによってレスポンスが求められるコース、コントロール性が重視されるコースなどがあって、それに対応してセッティングをきっちり詰めることを念頭に置いています。現場では走行ごとにデータを吸い上げ、過去のデータ、ライダーのコメントと照らし合わせ、主にPGM-FIセッティングの微調整を行っています。

走行データは熊本(株式会社 本田技術研究所 二輪R&Dセンター熊本分室)でもリアルタイムで共有できるので、なにかあれば速やかに対応してもらい、日本でアップデートしたプログラムを送付してもらって、現場で反映するようなことも可能です。ワークスのPGM-FIは一般ユーザー向けのキットとは異なり、非常に緻密できめの細かい設定ができるようになっています。例えるなら畑をシャベルで耕すか、スプーンで耕すかぐらいの違いがあります。

エンジンについて

エンジンチューニングで一番苦労するのは音量と性能のバランスで、ひとことで言えば「性能を上げながら音を静かにすること」です。音量規制に対応していくと、見かけの馬力というかデータ上の馬力は変わっていないのに、乗って感じる瞬発的な馬力に影響が出ることがあります。音を下げるために、マフラーを大きくしてテール径を小さくしたりすると、レスポンスやトルク感が変わってくる。スロットルを開けてすぐパワーが出るとか、燃焼の乾いた感じが求められるのです。世界選手権では、テルミニョーニとのコラボレーションによってエキゾーストを開発していますが、彼らは我々のリクエストを聞いた次の日にマフラーを作ってきてくれます。対応の速さは世界一ですね。

車体について

車体的には、今シーズン序盤戦のうちにディメンションと剛性の異なるフレームに入れ替えました。第4戦イタリアGP以降は、ニューフレームを使い続けています。方向性としては、コーナー進入時の外乱に強くするため、特にブレーキングバンプなどにおける安定性をアップさせる目的で、フレームのねじれ剛性と横剛性を上げました。さらに、サスペンションの面では、レース終盤に荒れてきたときの性能を突き詰め、要望を反映していただいた結果、SHOWAの「SFF AIR」と「BFR」が著しく進化しています。よく動く割には吸収エネルギーが高い……というのが理想の特性ですが、ストロークセンサーを付けて数値化するなどして、サスペンションの進化に役立てています。

初戦で優勝

今シーズンここまでの戦果ですが、まずは開幕戦カタールGPのレース1でナグル選手が優勝し、しっかりと取り組めば意外と早く結果が出せるのだという手応えを感じました。しかし、ラウンドを重ねるごとにほかのライダーも調子を上げてきたため、表彰台に上がることが難しくなってきました。計画としては「2年がかりで基盤を作って、3年目にタイトル獲得」と考えているので、早い時期に課題が見えたことはポジティブに捉えています。

アクシデント、トラブルの連発

想定外のハプニングもあり、負傷や査証トラブルなどの試練を受けています。ナグル選手のケガは、第6戦オランダGP直前にファルケンスワート近くのエールセルというコースで練習中に発生した、マルチクラッシュで負ったものでした。ブラインドジャンプの着地で転倒したアマチュアライダーが、バイクを放置したまま立ち去ったため、後続のナグル選手、トッド・ウォーターズ選手(オーストラリア)、マイク・クラス選手(オランダ)といったGPライダーが次々と突っ込んでしまったのです。フラッグマーシャルは不在でした。ナグル選手は危険を回避しようとして、あえて着地で加速して乗り越えようとしたのですが、引っかかってしまいました。左手の舟状骨、右手の甲を骨折し、ろっ骨も痛めました。その衝撃はレンサル製のハンドルバーが折れたことからも推測できますが、破損品をレンサルに分析してもらったところ、数キロという非常に大きなG(重力)がかからないと折れないバーが折れていたことから、相当な衝撃だったはずだという回答が来ました。我々にとっては、ナグル選手が第6戦オランダGP〜第10戦イタリアGPまで欠場を強いられたのが痛かった、不運なアクシデントでした。

一方、バブリシェフ選手は、開幕前の練習で右足のくるぶしをケガしました。痛みはあったんですが骨折はしていないということでトレーニングも続けていました。最終的には第3戦ブラジルGPのあとにヘアクラック(初期亀裂)が判明して、ピンを6本ぐらい入れることになりました。バブリシェフ選手は開幕直前の仕上がりが上々で、どこを走ってもナグル選手よりも3秒速く、乗れているときのバブリシェフ選手らしさをキープしていました。くるぶしを負傷してからは、本来のポテンシャルを発揮できていません。序盤戦は転倒が多く、第6戦オランダGPあたりからは痛いところがなくなったものの、練習不足であることは明らかでした。

第8戦イギリスGPでは、バブリシェフ選手にビザが発給されなかったため、欠場を余儀なくされてしまいました。早めにビザ申請を済ませていたのに、発行されないまま日にちだけが経過しました。イギリス大使館からは具体的な説明が一切ないまま、ビザ申請が却下されたわけです。ほかのチームの所属選手では、昨年アレクサンドル・トンコフ選手(ロシア)も同じ目にあっていますが、政治的な意図があるのかどうかは分かりません。

そんな逆風に耐えながらも、第9戦フランスGPでは5位/5位と復調の兆しを見せていたバブリシェフ選手ですが、第10戦イタリアGPで今度は左脚を負傷してしまいました。レース2のスタート直後、2コーナーを走行中に左後方から激突されて左足の骨を2本骨折。開幕前のケガが癒え、乗れてきていただけに残念なアクシデントでした。

ナグル選手の戦線復帰と優勝

その翌週、第11戦ドイツGPはナグル選手の復帰戦。自国グランプリという地の利はありましたが、約2カ月実戦から離れていたので、あまり無理は利かないだろうと読んでいました。予選はホールショットを取ったあと、抜かれて3位でした。レース1は路面がそれほど荒れていないのでチャンスでしたが、またしてもホールショットを取って逃げきり、なんとカムバックウインという快挙を成し遂げました。レース2ではスタートで出遅れて14番手ぐらいでしたが、追い上げて7位。前がダビド・フィリッパーツ選手(イタリア)やショーン・シンプソン選手(イギリス)だったので、普段なら抜ける相手なんですが、相当疲れが出たようです。もともと無理しないで楽に行こうと打ち合わせていたこともあったし、モニターでリアルタイムの総合順位を見ていて、1位/7位でも表彰台に上がれそうだったので、プッシュしないでこのままキープせよと指示しました。

ナグル選手のマシンは、欠場する前の第5戦ブルガリアGPまでの仕様で、新しいものは入れていません。2週間ほど前から乗り始めたばかりなので、テストもなしで、練習車に合わせて本番車をセットアップした程度でした。体調としては70〜80%でしょうか。本人はイメージ通りでしてやったりと、淡々とした感じでした。ただ、観客がすごかったですね。パドックにはナグル選手のジャージを着て旗を持ったファンが押しかけてきて、母国グランプリらしく大騒ぎをしていました。

ナグル選手の強さ

ナグル選手は予定通りに走れば勝てます。課題は、走りのアジャストがうまくいかないときにリザルトが4〜5位あたりにばらつくことです。用心深さがそうさせるのでしょうね。コースレイアウトや路面に対する習熟度にもよりますが、もう少し引き上げて3位以内をコンスタントに狙ってほしいと思います。体調が戻ってくれば、エンジンやサスペンションもバージョンアップして、ハード的なサポートをしていきたいですね。

我々のシミュレーションの中に、ディフェンディングチャンピオンであるKTMのアントニオ・カイローリ選手(イタリア)に勝つというパターンがあります。昨シーズン全17戦で34レース中20勝しているライダーですから、手強いことは確かなのですが、サルディーニャのレースでカイローリ選手と対戦したときに、十分戦える感触を得ました。一発のタイムでは肩を並べられます。ただ、レースをトータルで考えると、コースコンディションが荒れれば荒れるほど、カイローリ選手の上手さが際立つのです。独走中は最速ライン、抜く時は切り換えてインでもアウトでも自由自在。そういう相手に勝つには、意のままに操れるマシンの運動性、そしてスタート性能が重要だと考えました。

ナグル選手の場合、後半の弱点というか、荒れてきたときに転倒したライダーを避けきれないケースがあり、ハード的には瞬時にラインを変えられる自由度を持たせたかったのです。荒れてきたときの運動性能に関しては、シーズン序盤では少々不足していましたが、前述したようにフレーム剛性やサスペンションの微調整、エンジン特性などをアジャストしてレベルアップを果たしました。総合的に他車と比較すると、圧倒的優位に立ってはいません。まだまだ改善の余地があることは確かです。

スタートに関しては、サルディーニャでカイローリ選手の前に出ましたし、モンテバルキのレースではナグル選手がホールショットを取りました。スタートモード、ホールショットデバイスなど、トライしてきたことが結果につながり、行けるという感触を得ました。スタートモードとは、点火時期と燃料を細かくコントロールして、スタートの瞬間にトラクションを重視したマップを使用し、走り出したら通常モードに戻すプログラムです。逆にスタート時のみパワー重視にすることもできます。

ワークス化で得られる豊富なデータ

ワークス化のアドバンテージとして、ライダーに提供される走行データの質と量が増強されています。たとえば、タイムが羅列ではなくグラフ化され、ライディングの傾向がより分かりやすいビジュアルで表現されていたら、ライダーにもメカニックにも大きなメリットとなります。走行後のデータやアドバイスを伝えるミーティングを通じて、ライダーはより効率的に走行することができます。バブリシェフ選手は、実はロードレース経験があって、ロシア国内の125ccクラスのチャンピオンなんですが、豊富なデータを見ながら自分の走りを分析するのが得意で、割と理詰めで納得するのが早い。一方、ナグル選手はもっと感性で走るタイプのようで、毎回データと首っ引きというわけではなく、ときどき確認しては納得して前に進むという感じです。

データが見た目の印象と一致しないことはよくあります。たとえば、ナグル選手の方があまり開けずにスムーズに走っているようなイメージで、バブリシェフ選手はワイルドでアグレッシブな印象です。ところが、データを見ると、バブリシェフ選手の方が低回転域を使ったり、スロットル開度も少ないところからスムーズに使ったりしているんです。逆に、ナグル選手の方が開け方が大きい場合もあります。テストをするときに同じ仕様からスタートすると、ナグル選手は「もっとアグレッシブにしてほしい」、バブリシェフ選手は「もっとスムーズにしてほしい」と要求されることが多い。もちろんコースによっては違う場合もありますが、だいたいそういう傾向です。

また、こういうデータもあります。世界選手権の平均スピードは時速51〜52kmですが、オフロードヴィレッジにおける全日本モトクロス選手権での成田亮選手(Honda)が時速53km出ていて、数字で比較すると全日本の方が速かったりする場合もあるのです。世界選手権の方がはるかに速そうだという先入観がありますが、データを比較してみれば大差がないことがわかります。

MX2クラスでの取り組み

今シーズンはMX2クラスにも力を入れて、チーム・ガリバルディ(Team Gariboldi)にワークスマシン「CRF250RW」を1台貸与しています。ライダーはティム・ガイザー選手(スロベニア)。チームメートの山本鯨選手も含めて、MX2は育成クラスと捉えていますので、すぐにチャンピオンを獲得できるライダーではなく、これから伸びていくだろうという将来性を買っています。

マーティン・レーシングはHRCと業務委託契約を結び、HRCスタッフとして働いてもらっています。ガリボルディの方はHRCの支援チームという契約で、こちらでライダーを指定した上でワークスマシンを貸与しています。Team HRCの中にガイザー選手のCRF250RWを入れることもできますが、今年は意図的に別チームにしました。「1チームで2クラスに出場すると、タイムスケジュール的に力が分散してしまうのでは?」という懸念があり、450のチームと250のチームを分けた方が集中できるだろうと考えた結果です。

ガイザー選手の成績ですが、開幕当初は焦って転倒することが多く、片方のレースで3位というのがベストでした。ところが、徐々に堅実性を増し、第11戦ドイツGPでは2位/2位と結果をそろえることができました。以前は「転んだ自分の責任です」みたいなコメントが多かったのですが、最近はマシンに対する要求が出てきたので、成長していることが実感できます。当初の目標は、1回でも表彰台に上がることと、ランキング6位以内。そのノルマはすでにクリアしているので、次はチャンピオンのジェフリー・ハーリングス選手(オランダ)を抜いて優勝してほしいです。先頃2年契約をしたので、チャンピオンを取って防衛して、MXGPにステップアップしてもらうことも視野に入れています。

山本選手の目標としては、まず20位以内、そしてシーズン終盤には15位以内を目指そうと話しています。選手層が厚く、5位から15位あたりまではあまり差がないので、15位にコンスタントに入れるようになれば、表彰台も現実的になります。第10戦イタリアGPの予選レースでは、今季一番のライディングを見せてくれました。序盤13番手あたりで、そこから落ちて15番手を走っているときに転倒したのですが、山本選手はヨーロッパ選手権のトップよりも速いし、確実に実力を付けてきています。今は正念場ですね。

後半戦に向けて

話はMXGPクラスに戻りますが、ナグル選手のカムバック優勝によって、Team HRCの士気は上がっています。今度はバブリシェフ選手の復帰を待たなければなりませんが、2人そろったあかつきには、表彰台の常連となることを目指し、もちろんそのセンターも狙います。アンラッキーな負傷が多いシーズンになりましたが、逆にチャンピオン争い中にはできないようなことに挑戦できるチャンスだと捉えています。Team HRCのMXGP後半戦にご期待ください。