モータースポーツ > ロードレース世界選手権 > アジアの旋風 IDEMITSU Honda Team Asiaの挑戦 > 第10回 シーズン中盤の振り返り、シーズン後半に向けて

アジアの旋風

第10回シーズン中盤の振り返り、シーズン後半に向けて

心機一転、後半戦へ

2014年シーズンも後半戦に差しかかりました。Moto2クラスは、わずかコンマ数秒のラップタイム差で一気に順位が変動してしまう激戦が続いています。百戦錬磨のベテランチームがしのぎを削る、この世界最高峰の中排気量クラスで、岡田忠之監督率いるIDEMITSU Honda Team Asiaは、設立2年目という経験の短さゆえに苦戦も強いられています。しかし、中上貴晶、アズラン・シャー・カマルザマンの両選手とチームスタッフは、全員が総力を結集して頂点を見据え、果敢なチャレンジを続けています。

第8戦オランダGPでいいフィーリングを取り戻しつつあった中上選手は、苦手コースの第9戦ドイツGP・ザクセンリンクを21位ながら無事に完走して乗りきり、後半戦に挑みました。

昨年の中上選手は、後半戦で連続ポールポジションや連続2位表彰台を獲得しており、今年もこれをきっかけに本来のパフォーマンスを取り戻したいところです。この第10戦インディアナポリスGPから、チームは中上のスタッフの役割を少し変更し、全日本ロードレース時代のJ-GP2クラスで一緒に戦ってきた人物がチーフメカニックを担当することになりました。第10戦と第11戦では、セットアップに劇的な変更をもたらすよりも、むしろ選手のコメントを重視して微調整をしながらチーフメカニックがマシンの状況を理解して、取り組みました。

レースは11位と19位という不本意なリザルトでしたが、監督の岡田忠之はこの2戦を振り返ってこう話します。
「レース結果にこそつながりませんでしたが、中上と今のチーフメカニックは、もともとざっくばらんに言いたいことを言い合える仲なので、コミュニケーションやムード、セッション中のリラックスした表情を見ていると、いい方向に向かいつつある手応えを感じました。現状のパッケージではいいリザルトを得られないことを確認できたので、中上のコメントやチーフメカニックの意見も参考にして検討した結果、第12戦からはマシンのディメンションを変更することにしました。仕様としては、第8戦で5番グリッドを獲得したときのものに近いセットアップです」

さらに、今後のレースに向けた展望も語ってくれました。
「中上が、今以上にだれに対しても遠慮せず、素直に正直なコメントをできる体制を整え、予選ではシングル、決勝レースは可能なら表彰台を目指す本来の走りを一刻も早く取り戻したいと思います。一気に優勝、と言いたいところですが、そこまで一足飛びにいくのは難しいと思うので、焦らずに、一つひとつの課題を確実にクリアしていきたいと思います」

中上選手は、「自分たちの抱えている問題は終始一貫してフロントに信頼性がないことだった」と話します。
「シーズンオフのテストから、それがずっと大きな課題です。十分な接地感がなく、思い通りのラインで走ることができていません。マシンからのフィードバックが少ないので、どうしても抑えて走らなくてはならず、コーナー進入でもブレーキを長くかけることになってしまいます。その結果、旋回速度も落ち、コーナー頂点から立ち上がりまでの速度もトップライダーたちとは明らかに違ってしまいます。でも、問題点がそこにあることはハッキリと分かっているので、ここがよくなれば状況は改善するはずです。今はまだ思い通りに走れないマシンなので、ストレスにもつながりますし、ポイント圏外のライダーたちと走っているのはとても不本意で、ショックも感じます。でも、精一杯走っても、今の自分の位置は事実として認めなければいけない。もがきながらでも、絶対に表彰台、そして優勝争いをする場所に戻ってみせるという強い気持で走っています。一戦でも早く、自分のいるべき位置に返り咲きたいですね。この苦しい状況でもあきらめずに、チームと一緒に問題解決を果たして上位に戻れたときは、きっと全員がとてもハッピーになれるはずですから」

一方、中上選手のチームメート、アズラン・シャー・カマルザマン選手は昨年のシーズン途中からチームに加わりましたが、今回の第12戦イギリスGPでちょうど1シーズンを過ごしたことになります。この一年間を、アズラン選手は「とても過酷な一年でした」と振り返りました。

「初めて訪れる場所ばかりだったので、マシンとサーキットに慣れながら走ることでいろんなことを学べました。Moto2マシンを速く走らせるために、ライディングスタイルも少しずつ変更し、今もたくさんのことを吸収しています。アグレッシブだった乗り方を少しずつ改善し、セッションごとによくなっている手応えを感じています」

岡田監督も、「アズラン選手の成長ぶりには、ときに驚くことがある」と話します。
「第10戦のインディアナポリスでは、計測区間によっては中上よりも速いアベレージタイムで、5番手から6番手につけることもありました。アジア人選手の中でも、ライダースキルは相当に高いものを持っている選手です。マシンが改善されて本人も調子がよければ、中上と同じレベルで走れるポテンシャルを持ったライダーですよ」

不得意コースを克服せよ

MotoGPクラスでは、Honda市販レーサーRCV1000Rを駆る青山博一選手(Drive M7 Aspar)が、最高峰クラス唯一の日本人選手として健闘しています。比較的苦手とする第9戦ドイツGPのザクセンリンクは12位で乗りきり、サマーブレイク明けの第10戦インディアナポリスGPは、今季自己ベストタイの10位でフィニッシュ。第11戦のチェコGPも土曜の予選で高いパフォーマンスを見せ、決勝レースはポイント圏内の13位できっちりと締めくくりました。
「予選のパフォーマンスも、もう少しでQ2に進出できそうなところまで迫っています。そこから先の僅差を詰めていくのは、自分自身でもあり、マシンのセットアップでもあるので、あともうひとがんばり、といった状態。流れとしては、悪くないです」

いい手応えをつかみつつある様子は、言葉の端々にも現れています。しかし、第12戦の舞台シルバーストーンは、2010年に転倒をして脊椎骨折という大きなケガを負った相性の悪いコースで、青山選手自身も苦手意識を未だに払拭できていないと話します。
「過去に大きなケガをしたサーキットで、あまり得意ではないという意識があるのですが、レースではそういうことも言っていられませんからね。今年はマシンのフィーリングも悪くないので、いつもよりもいい感じで走り出せると思います」

イギリスのレースは低い温度条件と悪天候に悩まされることが多く、今年の大会も金曜と土曜は晩秋のような肌寒いコンディションでした。苦手コースと本人が話すだけあって、予選では総合18番手と低位置に沈んでしまいました。
「シルバーストーンは一周あたりの距離がシーズンでも一番長く(5,900m)、周回数が短い(20周)ので、レースの組み立てをしっかり考える必要があります。また、決勝時刻の天候次第ではタイヤ選択がシビアになる可能性もあるので、タイヤの作動レンジに合った温度になってほしいですね」

日曜日は朝から穏やかな日差しが注ぎ、今回のレースウイークで最も温暖なコンディションになりました。18番グリッドスタートの青山選手は、途中で集団から離れて単独での走行を強いられてしまいましたが、周回ごとに着実に順位を上げ、最後は14位でチェッカーを受けました。
「今週はタイムの伸びがよくなかったので、苦しいレースになることを覚悟していました。朝のウォームアップでは2分4秒台でコンスタントに走れていたので、決勝でも同じペースで走れればそこそこ行けるはずだと思ったのですが、レースが始まってみると2分4秒台に入れるのがやっと、という苦しい展開になりました。毎周そのペースだとタイヤが保ちそうになかったので抑えて走り、最後にまたペースを上げたのですが、想定していたラップタイムよりも落ちてしまったので、前との差がついてしまいました……。とはいえ、一番相性が悪く、昨年はポイントも取れなかったこのサーキットで、今年はたとえわずかでもポイントを獲得できたのは、プラス材料だと思います。次戦のミサノサーキットは好きなコースなので、今回苦しんでしまった悔しさをぶつけて、いいリザルトを残したいですね。今の自分たちの状況をしっかりと把握し、今後につながる内容の濃いレースをしたいと思います」

問題の明確化、そして次の目標へ

さて、Moto2クラスでは、中上貴晶選手が初日の金曜に14番手、土曜の予選は12番手、と少しずつ着実に順位を上げていきました。マシンセットアップは、レース前に岡田監督が話していたところから大きく変更しない状態で決勝レースに臨む予定だと中上選手は話します。
「走行ごとにタイムを上げているので、大きくマシンのジオメトリーを変更するようなことはせず、サスペンションの味付け程度でここまで進めてきました。あとは自分のがんばりで、少しでも上の順位を目指してゴールします」

チームメートのアズラン・シャー・カマルザマン選手は、トップと3.287秒差の31番グリッドから日曜のレースに挑むことになりました。
「このサーキットは路面温度がとても低く、タイヤのグリップをあまり感じられない状態が続いています。でも、それはだれにとっても同じ条件だし、レースウイークを通じてずっと似たようなコンディションなので、明日もベストを尽くします。決勝に向けてセッティングはよくなってきたので、明日は転倒せずに完走し、可能ならポイントを獲得したいと思います」

しかし、この日はアズラン選手を大きく落ち込ませる出来事がありました。午前のフリープラクティス開始直後に転倒を喫し、その際にコース上を滑走したマシンが長島哲太選手に追突。長島選手が右脚を開放骨折する大ケガを負ってしまったのです。このアクシデントを振り返って話す際に、アズラン選手は大きくため息をつきました。
「ブレーキングポイントでフロントが切れこんで転倒してしまい、マシンが滑っていって哲太を巻き込んでしまった……。レースアクシデントで予測できなかった事態とはいえ、本当に申し訳ないことをしてしまいました。彼がメディカルセンターへ運ばれたので、僕もすぐにスクーターで向かい、チームの人たちに謝罪の意志を伝えて、ケガの状況を教えてもらいました。その後も哲太のことが心配で、モチベーションも下がってしまいました。でも、気持ちを取り直して、明日は哲太の分もいいレースをしたいと思います」

日曜の決勝レースを、アズラン選手は25位で終えました。ポイント獲得はなりませんでしたが、後方スタートから集団を追い上げて激しいバトルを続けながらチェッカーを受けた内容で、今まで以上の手応えを実感できたレースになりました。
「前方のグループではありませんでしたが、最大で1秒5ほど離れたところから追い上げ、集団の中でバトルをすることもできました。レース序盤は前を追いかけていたので全力で走りましたが、その後はバトル中でもタイヤを温存しながらコントロールし、ラストの2周で全力を振り絞って走りきりました。レース内容はよくなっていると思うし、次からは走行経験のあるサーキットが続くので、昨年の蓄積を生かして今後もいいレースを続けていきたいと思います」

中上貴晶選手は15位でフィニッシュし、1ポイントを獲得しました。旋回から立ち上がりで思うような加速をできず、タイム的に少しロスをしてしまうことが今回のレースでは不利に働き、集団内のバトルに揉まれて抜け出すことができない要因になってしまった、と全18周の戦いを振り返りました。
「ウイーク中もこの部分を重視して改善してきたのですが、集団の中ではブレーキングで詰めても立ち上がりで離される展開で、モヤモヤしたレースでした。単独で走行しているときは速く走れていたので、本当はもっと上位でゴールしたかったのですが、自分たちの抱えている弱みが顕著に出てしまう結果になってしまいました。ただ、今後に向けて大きなヒントを得ることもできました。フロントに関してはだいぶ煮詰まってきたので、今のいいところを伸ばしつつ悪いところを改善し、次のレースではさらに上位を目指したいと思います」

岡田監督も、いいリザルトにつなげることができなかった今回の反省点を挙げる一方で、「従来のレースとは違った“変化”を確実に感じることができたレースウイークだった」と話します。
「今までは、セッティング面でなにをやってもなかなか変化が出ませんでした。ところが、今回はディメンションを変えたことによる変化が出ました。その意味では、現在の我々が抱えている問題が明確になってきたので、解決の糸口は見えてきた、というのが現在の実感です。中上は、単独で走るとトップとそん色ないタイムなので、決して本人のスキルが落ちているわけではないのですが、レースでは立ち上がりでスピニングして2台分くらい離されてしまうという、混戦では最も不利な状況でした。今の私たちは、問題を一つずつ消し込んでいる状態なので、次のミサノでも現在のセットアップを大筋でキープする方向です。その上で、リアサスペンションの減衰特性などを見直して、効率的にトラクションを稼いでダンロップタイヤを上手に作動させる方法を見つけ出したいと思っています。中上自身は、しっかりとしたピッチングのウエイトトランスファーを好むタイプなのですが、それよりも多少柔らかい動きのマシン状態に合わせて我慢の走りをしてもらう局面が、今後は出てくるかもしれませんね。アズランは、次のレースから走行経験のあるコースを走ることになるので、どこまで自分のパフォーマンスを改善できるか、というところに注目していきたいと思います」

2014年シーズンも全スケジュールの3分の2を消化し、ここからはいよいよ本格的な終盤戦に入ります。IDEMITSU Honda Team Asiaの面々は、自分たちが本来いるべき場所を目指し、着実に足もとを固めながら少しずつ前進します。その道程は、一歩また一歩と踏みしめ、やがては高い頂にたどり着く登山家たちの挑戦にも似ているかもしれません。